21話:投資・寄付型クラウドファンディング開始
「クラウドファンディング」とは、「群衆・クラウド」と
「資金調達・ファンディング」という言葉を組み合わせた造語で、
インターネットを通じて不特定多数の人に資金提供を呼びかけ、趣旨に
賛同した人から資金を集める方法で、この方法で募金を集めるのを
寄付型クラウドファンディングと言う。
更に、金融型クラウドファンディングとは、金銭的なリターンがない
「購入型」と「寄付型」に対し、「金融型」のクラウドファンディングは
支援者に金銭的なリターンが発生する投資型であるのが特徴。しかし、
沢村の考えた金融型・投資型クラウドファンディングは、寄付者の寄付金
の半分を追加して沢村産業が寄付すると言う意味では、金融型・投資型
クラウドファンディングに含まれる。
2012年になり東日本大震災の復興のための募金が始まり、大きな
うねりとなった。そんな時に息子の沢村良一が父の沢村広尾に、クラウド
ファンディングをしたらどうかと提案してきた。その案を聞くと、1つは
、募金をインターネットで募って、ただ寄付するだけの寄付型クラウド
ファンディング。
しかし、折角、金融業の端くれをしているのだから金銭リターンが伴う
投資型クラウドファンディングの方が金額が集まる、かといって募金して、
儲けるというのも違和感があるので、募金額に我が社の投資力で収益を
上げた金額とあわせて。集めた募金額の50%増しで募金すると様に、
すれば、募金する側も、募金される側もメリットが大きいと考えた。
つまり、Aさんが100万円募金したとして、それを5年かけて、
最終的に合計を150万円に増やして募金すると言うことだ。
これを聞いて、これで、行こうと、沢村広尾が言った。その企画で
、話を進めろと、良一に指示し、沢村広尾が、良一に、お前の所ではいくら
出せると聞くと5億円と言い、父は10億円まで出せると言った。つまり、
寄付した人は、1億円の寄付で1.5億できるわけだと聞くと、良一が
そうですと答えた。
どれ位のニーズがあるのか、早速調べて見ろと言った。その後、すぐに、
この話をホームページに載せて1週間かけて反応をとると、389件の
反応があり、是非、その寄付の方式で寄付したいという人からのメールが
その後も多く寄せられた。
この話を日本のインターネット大手の会社に話すと、私たちが、間違いなく
現地の人達に寄付金を渡すことを約束すると言われ、その会社を等してやる
ことにした。そして3ケ月間で総額20億円が集まり30億円を、その会社
に振り込むことにし、募集を終了した。
しかし、振り込み方を毎月1億円ずつ30ヶ月で全額募金する方式にした。
その交渉を沢村広尾と良一の2人で、都の会社の東京の本社に行き、その
仕事責任者と詰めると、その条件で募金額が50%増えるなら、良いでしょう
と言われ了解してもらい、2012年4月から毎月1億円ずつ、その会社に
送金を始めた。
そうして、順調に1億円ずつ、その会社に送金して震災孤児募金に使って
もらうことにした。そして、2012年の12月までに8億円を送金した。
2012年12月24日に、恒例になったクリスマスパーティーを沢村家で
盛大に開き、いつものように、刺身、中華料理、ステーキなど多くの料理を
用意して、乾杯して、カラオケを始めて楽しんだ。
そして、今年の話題の話になり、あなたの会社で、東北大震災の募金活動
に協力しているのですねと言われ、インターネットでみて、私も100万円
寄付して、あなたの会社が50万円を足してくれるんですよねと言うので、
その通りですと言うと、それは素晴らしいアイディアです。
企業としても素晴らしい宣伝効果になるはずですと言った。確かに、この話
の後、投資信託を買いたいと言う人や投資相談の案件が増えて、良一は遅くまで
忙しそうに働き、会社の利益も昨年の70%アップだと話していた。しかし、
魚屋の大将の淀川貞一さんがインターネットできちんと見てもらっていたのに
、沢村広尾は感激したと言った。
すると、淀川貞一さんが、私も実家が貧乏漁師の家で、物心ついたときに、
家で雨漏りするのは当たり前で、漏っている所には、道ばたで拾ってきた
大きな空き缶を置いたと言い、家だと思っていたのは使い古した漁師小屋で
近くの公民館で水を飲んで、トイレを利用するのは当たり前だと思って
育ったんですと笑いながら言った。
だから、朝4時に起きて、早朝の魚市場に行って重い魚を運んでも苦に
なりませんと静かに言ったを聞いて、沢村広尾は、涙を流すのを見て、
淀川さんが、うちの娘は、本当に素晴らしい方々の家に嫁いで幸せですと
沢村広尾の手を握り返した。
そうして、沢村広尾は、日本酒を飲んで、淀川さんと肩を組んで、日本の
演歌を熱唱し、22時過ぎに、お開きになって、床に入って寝た。翌朝、
いつものように淀川夫妻は、早朝に帰って行った。そして、2013年が
あけた。すると、豪ドルが急上昇して、2013年3月に1豪ドル100円
になり、780万ドルを売ると税引き後利益が6.7億円となり、残金合計が
17.7億円となった。