第九話
あたりを見渡しても綺麗な女物の服ばかり。なんだか自分がココにいてはいけない気分になる。いや、私は女の子なんだからいても良いのだ。可愛いボトムス、ヒラヒラしたトップス。見るものすべてが眩しすぎる。
日曜日の昼下がり。ニノお婆ちゃんと私の二人で隣町の店までやって来ていた。
「ねぇねぇ」
想定外の人物が私の裾を引っ張る。
「それは私には可愛すぎないかな?ねぇ…菜乃花ちゃん…」
私の肩に服を合わせているのは同じクラスメイトの神崎菜乃花ちゃん。誰にも合わないように、と隣町まで出かけてきたはずなのに…。全く、偶然とは恐ろしいものだ。
「こっちの服が舞ちゃんに似合うかな?」
白いワンピース。鏡の私は変な顔になっていく。
「や、やっぱりこういう服は菜乃花ちゃんの方が似合うよ」
もう一度、鏡に映る自分を見て 違和感しかないことを確かめる。ズボンスタイルを楽しいときも辛いときも今日まで共にしてきた一人として一言、言いたい。
「やっぱり、いつもの服が一番」
そう言ったら菜乃花ちゃんは怪訝そうな態度で私を困らせた。
物事には順番というものがある。いきなり可愛くなれるとは私も思ってない。だから徐々に経過を見てオシャレに染まるのが良いと考える。本当は可愛い服とか着たいけど、周りにイメチェンしたと悟られない程度に可愛くなれる方法が知りたい。
「どう?良いの、あった?」
「あ、お母さん」
長い髪の女性が優しい声で話しかけてきた。改めて近くで見ると親子揃って目元がよく似ている。と思ったら少しだけ辛くなった。
菜乃花ちゃんは母親と買い物に来ていたようだ。そして、その帰りに私達を見つけて今に至る。学校では誰にも物怖じしない女番長のような私が、外でバッタリ出会うと固まってしまうことに気付けた。いや別に嬉しくない。顔から火が出る。
「いつも遊んでくれてありがとうね、舞ちゃん」
「え…?」
数秒固まる。
「ちょっ!?お、お母さん!言わないでよそんなこと!」
「えー?なんで?いいじゃない。家でいつも舞ちゃん♡舞ちゃん♡って言ってるじゃない」
「お母さん!!」
そんなことを言っているのか。普段見れないクラスメイトの一面を知れて自然と笑顔が溢れる。それを見て菜乃花ちゃんは「舞ちゃんも笑わないでよ〜」と顔を真っ赤にしてポカポカと痛くないパンチを私にぶつけてきた。
それから数十分、着せ替え人形と化した私はニノお婆ちゃんにSOS信号を飛ばし続けてようやく解散することになった。遠くから楽しそうにママ同士で喋っているのを見るのも終わり。
「き、今日は…なんか、色々ありがとう」
他にも言いたいことがあるがお礼だけは言って置かなければいけない。
「え、えっと…こちらこそ。凄く楽しかった」
でしょうねぇ、とは言わない。これが斗真だったら殴る蹴るだけじゃ済まなかったんだよ?分かってる?菜乃花ちゃん。
でも、スキップしてしまいそうなくらい幸せそうな顔をされたら私は困ってしまう。
「今日さ…」
彼女が不意に口を開く。私も「なに?」と聞き返す。
「今日さ…で、デートみたいだったね」
「………」
足が止まる。デート。デートとは今日みたいなことを指すのだろうか。友達とワイワイとすることもデートの内に含まれるのだろうか。私の脳内ネットワークで検索をかけてみたけれど、ヒット件数はゼロで真っ白。
「舞ちゃん?」
「え?あぁ…ごめん。なんだっけ?」
「また明日って…」
「あぁ…明日は学校か」
「また明日、会おうね」
「うん。あ、あと…今日のことは…秘密にして欲しい」
「二人だけの秘密?」
「ん?あ、あぁ二人だけの秘密だ」
「わかった」
その返事を貰って胸をなでおろす。優しい彼女が他の人に言うわけがないのに、過去のイジメを思い出して警戒心を少し持ってしまった。ごめんなさいと心の中で謝罪をする。
「バイバイ」
「バイバイ」
帰り道、ニノお婆ちゃんとお喋りしながら頭では違うことを考えていた。
私は友達を疑ってしまった。
菜乃花ちゃんは桜や薫とは違うよね?
イジメてきたアイツらとは違うよね?
グルグルと目が廻りそう。頭を抱えて考え事するのは苦手である。なので身体を動かして気分転換しよう。斗真の顔面でも殴れば私の心は晴れ渡ることだろう。仲違いしたままであることは覚えているけれど忘れた。許したわけじゃないけど、もう一度、遊びたい。と強く思った私は休み時間に外で斗真を探した。
「あれ?」
いつも一緒に遊んでる男子たちの中に彼の姿はなかった。イナイレオタクの眼鏡くんに彼の居場所を聞いてみても首を横に振るだけ。つかえない。
「そういえば隣のクラスに行くのを見たよ」
「そっか。ありがと」
重要な情報をくれる方の村人Aに感謝しつつ私は教室に向かう。
メロスは走った。別に彼を待たせているわけじゃない。私の方から頭を下げに行くわけでもない。斗真が土下座するべきだ。そして頭を踏んでやりたい。でも今は違う。たまたま私の身体能力に釣り合う人物が斗真くらいだっただけで決して久し振りに遊びたいからとかじゃない。
先生に、廊下を走るな、と怒られた。でも聞く耳を持たない私は隣のクラスの扉を開けた。
「あのー!斗真はいます………か…
…」
声が小さくなっていくのと同時に私自身も小さくなっていく感覚に襲われた。視線の先には斗真とオシャレな格好をした女子が会話をしている。それだけなのに胸の奥から嫌な音が近付いてきて汗が止まらない。斗真が他の女子と話しているのは珍しいことだ。だけど、珍しいものを見たという驚きの感情よりドロドロとした得体のしれない感情がボタボタと胃の奥から這い上がってくる。怖い、と思った。
メロスは再び走り出した。また私は逃げたということさえも気付かないくらい走った。先生に、廊下を走るなと言ってるだろう、と怒られた。聞こえない聞こえない聞こえない。私は何も聞こえない。ドクンドクンと鳴っている心臓の音は私が走っているからだ。
私の頭の中に「ス」から始まって「キ」で終わる二文字がポツンと芽吹いた。その気持ちを声に出して私に認めさせようとする自分の心の声なんて、聞こえない聞こえない聞こえない。
嫉妬したのだ。疾走る、石のように固まる、そんな女。まさしく、この漢字の通りで笑った。私の声は乾いている。
家で辞書を引いて調べながら、そんなことをふと思ったのでした。
斗真「…それで、女子って何が好きなの?」
オシャレな女の子「アタシじゃなくて本人に聞けば?」
斗真「そう…だな……」(なにやってるんだろ俺…)




