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問題児  作者: 朝馬手紙。
8/12

第8話



 あれから数日が経った。いつも通りの授業。いつも通りの私。いきなり自分を変えようとするのは難しい。そのまま斗真と火花を散らして放課後になって帰って後悔の連続だ。

 ベットの上で落胆の声を吐く。どうして上手くいかないんだろう か。そもそも女子力って何?

 悩んでも仕方ないことを悩む。意味のないことだと思うけれど、意味を持つことだと誰かが言っていた。

「名言だよな〜」

 言っていた人の顔も名前も覚えていないけど。


 可愛いってなんだ?女らしさってなんだ?

 なんだか哲学みたいになってきた。分からないことが多すぎて答えを求められない。ただ、分かっているのは自分が女子っぽくないということ。男子みたいだ、と皆に言われること。

「あ、でも少し違うか」

 一人、私のことを可愛いと言ってくれる友達の顔が思い浮かんだ。転校してきた私に初めて優しく話しかけてくれたのが菜乃花ちゃんだ。彼女みたいに可愛らしい顔に生まれたかった。いや、そもそも私は…生まれてくるはずのない…。そこまで考えて少し胸の奥がザワザワして泣きたくなった。


 折角、女子らしくなりたいと思えたんだ。一歩でも前に進むんだ。握った拳を濡らしながら決心する。

「もう、男子と遊ばない」

 また、一人の顔が脳裏に浮かんだけれど見なかったふりをした。          

 私は、私になる。望んだ自分に近付くための努力の日々が始まるのだ。その日の夕飯はいつも以上によく噛んで食べた。



 ムカつく顔の斗真を見つけるのに時間はかからなかった。

「オッス」

「オッス。ねぇ、話があるんだけど」

 教室の真ん中で言ったものだから皆に気付かれてしまった。でも何故だろう。女子たちがキャーキャー騒いでいる。何がそんなに嬉しいのだろうか。

 よく分からないまま私たちはベランダへ移動した。

「で、話ってなんだ?」

「えっと…大事な話なんだけど…」

 その瞬間、斗真の顔が少し赤くなったのを見逃さなかった。

「ちょっと!真面目に聴いて!」

「お、おう…」

 ハァ、と大げさにため息を吐く。

「私、もう男子たちと遊ばないから」

「………お、おう」

 予想外の言葉に動揺している斗真が、なんかムカついたから足を蹴った。軽く蹴り返された。痛くない。

「で、理由って聞いてもいいのか?」

「いいけど笑ったら殺す」

「おい、小学生」

 お前もだろ、とはツッコまない。しかし斗真に言わなければいけないのかと想像しただけで恥ずかしくなる。が、斗真は頭が良いので誤魔化しは効かないだろう。私は意を決して話し始めた。


「………くなりたい」

「え?カッコよくなりたい?」

 無言の腹パン。うごっ、と斗真の唸り声が聴こえる。

「か、可愛く……なりたいんだっての!ちゃんと聞けよバーカ」

 やっぱり話すんじゃなかった。

 でもここまで言って引き下がることは出来そうにない。それから私は自分の胸の内を少しだけ打ち明けた。

「ふーん。いいんじゃねーの?」

「え?ほんとに?」

「やりたいこと、やればいいし。なりたいように、なればいいだろ」

「ほんとうに?私が可愛くなりたいって思っても変じゃない?!」 

「へ、変じゃない。というか…今のままでも……」

「は?今は別に可愛くないでしょ。お世辞はいらないから」

「お世辞じゃないんだけどなぁ」

 斗真は女性を見る目が無いのではないか。他人のことながら不安になった。


 さて、話は済んだことだし戻るとしますか。帰ろうと言おうとした時、斗真が口を開いた。

「まぁ、でも、ちょうど良かった」

 え。

「大森とは合わないなと思ってたんだ。男子は男子で遊ぶべきだと言う手間が省けた」

 なんで…?どうして…?頭の中に疑問符がドロドロと溢れてくる。

「もう、大森とは遊びたくない」

 こんなに強く拒絶されたのは初めてではない。イジメられていた時の方がもっと酷かった。なのに、なんでだろう。こんなにも痛いと感じてしまう。

「な、なんで?そんなこと言うの?」

 嘘だと言ってよ。今まで一緒に乗り越えてきた喧嘩の数々、先生からの説教、馬鹿なことしてきた。沢山の楽しかった記憶がヒラヒラと舞い落ちていく。

 そして私はトドメを刺される。

「最近、大森と一緒にいても楽しくないんだよ」

 グチャ、っと何かが踏み潰された気分。


 バチンッ!


 その仕返しに私はクソ野郎の頬を思いっ切り叩いた。あぁ…罪悪感なんて湧いてこないな。

 教室の中が悪い意味で騒がしくなる。中には先生を呼ぶ子もいた。自分のせいで騒ぎが起きてしまったのに、なんだか遠い世界の事のように感じる。

 目の前のクソ野郎はただ静かに叩かれた頬を痛そうに撫でていた。反撃してきて欲しかった。私を殴って欲しかった。いつもみたいに喧嘩したかったけれど、本当に私たちはただのクラスメイトになってしまうのか。そう思ったら泣きそうになってしまった。

「斗真なんて大ッキライ!!」

 滲む視界で走るのは危ないけれど、そんなこと、どうでもいい。私の後を菜乃花ちゃんが心配して声をかけてくれたけれど止まれそうになかった。



 結局その日は早退した。次の日、“普通”に学校に行って“普通”に女子グループで遊んで過ごした。きっと、すぐに男子に混ざって遊んだりしない“普通”の学校生活に慣れなるはずだ。

 菜乃花ちゃん達に「振られたの?」と謎の心配をしてくれたけれど、しっかりと否定をしておいた。恋じゃないんだよ。私とアイツの関係は恋なんかじゃなかったんだよ。そう、例えるなら…メロスは激怒した。ただし友情を裏切られたメロスが走ることはなかった…。

 私を殴ってくれないセリヌンティウスなんて親友じゃない。




 それからのクラスは微妙な空気が流れることになった。が、それも数日で元のように生活するようになり、落ち着きを取り戻したのでした。




菜乃花「舞ちゃん…元気になってほしいな…」

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