第七話
二宮家に一人で来るのは初めてではない。何度も遊びに行って、お菓子とか、今ハマってるゲーム実況者の話とかをお祖母ちゃんにするのだ。ニノお祖母ちゃんは嫌な顔一つせずに私の話を聞いてくれるから好き。大森家より二宮家に引き取って欲しかったとタラレバな妄想をしてしまいそうになるほどだ。
「いらっしゃい。舞ちゃん」
「ただいま、ニノお祖母ちゃん」
変わらない優しい笑顔で迎えてくれた。ここも貴方の家よ、と言ってくれたことを思い出す。
以前、私みたいな問題児とは関わりたいと思わないのが普通なんじゃなかろうか、と質問したことがある。「こんな可愛い子をほっとくなんて出来ない」とのことらしい。言い過ぎだと思うよ。
「それで、今日はどんな話を聞かせてくれるの?」
私たちはリビングのテーブルにつく。二人の目の前にはジュースとドーナツのティータイム。さて、女子会といこうじゃないか。
甘いドーナツを平らげ、ジュースもおかわりし終えた頃、私は本題を切り出した。
「実は相談があるんだけど」
「え?なになに?!」
身を乗り出す勢いで興味を持ってくれる。
「だ、誰にも言わない?」
「言わないよ。約束する」
目を見て確信する。いつもはフワフワしてるニノお祖母ちゃんだけど今は本気の目だ。相談相手に間違いはなかったみたいで安心。
「私、女の子らしくなりたいんだ」
…しばしの沈黙。
「え!?それって…つまり、そういうこと?」
「えっと…」
“そういうこと”がどういうことか分からないが、多分恐らくきっと変な勘違いではないはず。私は縦に首を振る。
「そっか…もうそんな年頃になっちゃったのね」
「ニノお祖母ちゃんもそうだったの?!」
女子らしくないことに悩んできたのは私だけじゃなかったんだ!もし、また私だけ皆と違っていたらどうしようと思っていたから尚更嬉しい。
「誰だって恋はするものよ」
「え?」
「え?」
互いに顔を見合わせる。どうやら話が噛み合っていないみたいだ。私が勘違いしてしまったのだろうか。膝の上でギュッと手を握る。その私の手をお祖母ちゃんは包み込むように握ってくれた。
「ごめんなさい。おばあちゃん、勘違いしちゃったみたい」
「いや…えっと…」
謝るなら私の方だ。でも口が上手く回らなくてもどかしい。
「舞ちゃんが真剣に悩んでるのに一人で盛り上がっちゃったわ」
優しい人は卑怯だ。そんなこと言われたら許すしかないじゃないか。いや、そもそも怒っていたわけでもない。
「もし悩みを言うのが恥ずかしかったら、無理しないでね。別に今日じゃなくてもいいの。いつになってもいいし、別の人に相談してもいい。でもね、コレだけは約束するわ」
ニノお祖母ちゃんの握る手に力が込められる。
「舞ちゃんが会いに来てくれる度にこうやって手を握ってあげる。…ハグの方が良いかしら?」
「い、いや!ハグはいい!しなくていい!」
想像するだけで恥ずかしい。今の言葉だけでも私の体温は上昇しているというのに。ハグなんてされたら溶けてしまう。
「あら、残念」
その割には全然残念そうに見えない。むしろ嬉しそうである。
コホン、と咳払い一つ。
私がここに来た意味を無にしてはいけない。
「ニノお祖母ちゃんに聞きたいことがあるの…」
ポツリポツリと私の言葉で胸の内を明かす。私が女の子らしくなる為の道のりは、まだ始まったばかりだ。
「今日は色々教えてくれてありがとう」
玄関の前、ニノお祖母ちゃんにもう一度感謝を伝えた。女の子らしい仕草や趣味、言葉遣いなど沢山のアドバイスを貰った。今日一日で凄く成長したような気分。
「大したことしてないわ」
そう言う人に限って凄いんだよなぁ。
「また、いつでもいらっしゃい」
「うん」
玄関を後にするとき、私はお別れじゃない言葉を口にした。
「いってきます」
帰りの電車の中、ニノお祖母ちゃんの“いってらっしゃい”の声を何回も思い返していた。
私の帰る家。桜と薫の二人と縁を切ってから、私には帰ってもいい家が2つ出来た。こんな私を迎え入れてくれた両家庭には感謝しきれない。本来、生まれてくるはずのない命を愛してくれる人達がいる。それだけで前に進める。別に、生きたいと思っているからじゃない。私の居場所があって、今の学校ではイジメられることもない。それどころか沢山の友達が出来た。その友達に少しでも近付けるのなら、私は女の子になってやる。男の子と一緒に汗をダラダラ流しながら遊ぶのはもう卒業だ。
ふと斗真の顔が脳裏をよぎる。
「友達…ではないな…」
そういえばヤツとの関係って何だろう?宿敵だろうか。ライバルとも違う気がする。口が悪くて、喧嘩も中々強くて(私よりは弱いけどな!)、男子のリーダー的存在。女子にも容赦ない態度を取る。特に私に対しては男子と同じか、それ以上のひどい扱いをする。だから、最低な奴だと私は信じて疑っていない。
あれ、でも、そういえばアイツ…
「私のこと、どう思っているんだろう…」
電車の窓をいくら覗き込んでも答えは出てくるはずがない。今度、本人から聞いてみるしかなさそうだ。返答次第では暴力を振るうことになりそうだな、と思った私であった。
舞「とりあえず、今度会ったら一発殴ってやろう」




