第六話
第一次ドッヂボール大戦が勃発してから一週間が経とうとしている。長期戦になることを覚悟していたが、男子は普通に外で正規のサッカーボールを蹴って遊んでいた。女子は仲良くドッヂボールしたり、バトミントンしたり、女子トークをする。平和な休み時間が戻ってきた。
でも一つだけ変わったことがある。なんとなくだが、斗真が大人しくなったような気がする。丁度、ドッヂボールの後ぐらいから女子にはあまりちょっかい出すようなことがなくなった。
「おい、引きこもり。サッカー人数足りないから参加しろ」
私、以外は。
「引きこもりじゃないし、サッカーもやらない」
斗真たちなんかよりも、数人の女子グループの方が大切に決まっている。当たり前だ。そして私は何も無かったように会話を続けた。
「…でさー、その時に見た動画でさー、うぐっ!」
後ろから首元を引っ張られた。
「わりぃ、大森借りていくわ」
「ハァ?だから行かないって」
いいよー、と皆が言う。敵は内にいたか。私がいなくて寂しいとか言ってくれないのか。女の友情について疑問符を浮かべているところに「やっぱ、舞ちゃんカッコイイよねー」とか「いってらっしゃーい」とか、更に追い打ちをかけられた。
ジャンケンで3対3に別れた。朝の占いを見るのを忘れてしまっていたことを思い出した。多分、最悪だろう。
「足引っ張るなよ」
「それは引っ張れ、というフリかな?」
斗真が「いや、何でだよ」とツッコミを入れる。ドサぐさに紛れて転ばせようとしていた私の企みは無に終わった。肩をガックリと落とす。
「よ、よろしく大森さん」
もう一人の眼鏡男子は、とてもスポーツに向いているとは思えない。失礼だけど教室でずっと本を読んでいるイメージだ。このチームで勝てるだろうかと思っていたら斗真が私の肩を叩いた。
「実はコイツ、こう見えて凄いんだぞ」
自信たっぷりに言う斗真を信じることができない。もし、牛乳が早く飲めるー、とかいうオチだったら許さないからな。
キックオフして早速、私の嫌な予感は的中してしまった。斗真がドリブルして眼鏡くんにパスをだした。そこまでは良かった。(いや、それが良くなかったのかもしれない)眼鏡くんは右足を大きく振り上げながら叫んだ。
「ファイヤートルネード!!」
ひょい
………。
「………」
「………」
「………」
声高く叫んだ必殺技。結果、相手のゴールキックになった。失笑すら起きなかった。いや、斗真はドンマイドンマイ!って励ましてた。
「ちょ、ちょっと!ターイム!!」
「なんだよ、大森。せっかく盛り上がってきてたのに」
「はあ?どこが?!ていうかさっき言ってた凄いの意味って悪い方の意味だったの?」
「おい、眼鏡をバカにするなよ。眼鏡かけてるのに頭良くないからって文句言うなよ?」
言ってねーよ。
「いいか、大森。コイツはなぁ!イナズマイレブンのことなら何でも知ってる天才なんだぞ!もちろんイナズマイレブンのゲームも超上手い」
斗真がビシッと親指を立てた。
「…え、それだけ?」
チラリと眼鏡の彼を見ると、少し照れた様子で頭をかいていた。
「ほ、褒め過ぎだよ〜」
「ファイヤートルネード、カッコ良かったぞ」
どこが?
「えへへ、ありがとう。でも僕、エターナルブリザードが一番好きなんだ」
じゃあなんでソレやらなかったんだよ。
ツッコミしてたら疲れてきた。どうして男子って変なことで盛り上がるのだろう。サッカーと超次元サッカーの区別もつかなくなっている二人に普通のサッカーを求めてしまう私は間違っているのだろうか。
「「普通のサッカーじゃなくて俺達のサッカーをやろう!!」」
おー、と二人が拳を空に掲げて試合が再開された。もうやだこのチーム。
再開しても眼鏡くんは相変わらずボールを上手く蹴れないまま休み時間が終わろうとしていた。またミスをした。また眼鏡くんはボールを相手に取られた。…ミスばかりに注目しがちだけれども私は恐ろしいことに気付いてしまったかもしれない。それは、“必ずフリーでボールを受けている”ことだ。
いくら彼がヘタクソだとしてもマークされていないわけではない。でも気付けばパスの出しやすいところには、彼が見えていた。サッカーにはボールに触っていない時間、オフ ザ ボールと呼ばれる時間がある。眼鏡くんはソレが非常に上手い。事実、私たちのチームで一番ボールに触っているのは彼だ。ただ肝心のボールに触っている時がダメダメなだけで。
そんなこと考えていたら、ドリブルしながらゴールに迫る斗真がシュートモーションに入った。でもマークしている相手が壁になっててとてもゴールできるとは思えない。そして、蹴り出されたボールはゴール前を過ぎていく………と思っていた。
「眼鏡くん!?」
丁度、ゴールに向かって走る眼鏡くんの足に少しでも当たれば入る!相手チームの三人が囲い込むように迫っていく。
チラリ
何故か斗真と眼鏡くんが私の方を見てきたような気がした。すると、眼鏡くんの走り出すタイミングが速くて、彼の後ろをボールが過ぎようとした。だがしかし、踵でボールに触れて起動を少し変えた。丁度、くの字になるように斗真から私にボールがラインを引いた。一点だ。
「ナイスゴール」
「やったね!大森さん!」
休み時間も終わり、教室に戻る途中、チームメイトに褒められた。
「いや…私は、ただ…」
転がってきたボールを、ゴールに入れただけだ。チームメイト二人のゴールのイメージが一致した結果だろう。実質、二人のゴールだ。
「三人のゴールだったな」
斗真が拳をチームの真ん中に突き出す。うん、と眼鏡くんが頷き拳を合わせる。
「………」
一人分、空いているようなので仕方なく私も拳を合わせた。またサッカーをやろう。いいや、全国を目指して私たちはこれから沢山の仲間と共に………
「いやいやいやいやいや!!」
なんでこうなった!?前回のドッヂボールに引き続き、私は熱いスポーツ漫画みたいな青春を送っているのだ。私は女子だぞ?もっと女の子らしいことしなくては斗真たちみたいにバカになってしまう。
「それだけは嫌だ」
女の子らしいこととは何か、探す旅に出ることにした。すまない。大袈裟過ぎた。
とある人の元へ行くことにした。休みの土曜日、電車に揺られて一人、二宮家に向かう。
大事な相談ほど身近にいない人にするのは何故なのか、調べたら面白いかもしれない、と思いながら私はチャイムを押すのだった。
眼鏡「中学生になったら超次元サッカー部に入りたいなぁ」
斗真「………その手があったか」




