第五話
問題児 続き
皆から不良だ不良だ、と言われているが仲良くドッヂボールの誘いを受けたら断らずに参加するに決まっている。
「いいよ、女子全員でやろう」
普段大人しい子も快く参加するのは珍しいから今日はいつもより楽しくなりそうだ。と、思っていた私たちは失念していた。
「あれ、ボールがない…」
「え?なんで?」
分かんない、という声を耳にしながら私はアイツを探す。五十嵐斗真の手には探していたボールがそこにはあった。男子たちが「はやくサッカーやろうぜ」と騒ぎながら出ていこうとするところを私は声を上げて止める。
「なんか用?」
大アリだ、ばかやろう。
「そのボール、女子が使いたいんだけど」
「早いもの勝ち」
「サッカーやるんでしょ?だったらそっちのボールでやりなよ」
遊具の入っているカゴの中に残っている白黒のボールを指差す。なにも柔らかいそのボールを蹴って遊ばなくていいはずだ。
「ボロボロだし、空気もないんだよ」
「知るか」
火花がバチバチと光って教室を鮮やかにした。私と斗真がジリジリと詰め寄り、先に殴るのはどちらか?と思われたその時。
「す、ストップー!」
「「なに?邪魔しないでくれる?」」
コイツと声がハモってしまった。止めに入った神崎菜乃花ちゃんがヒィッと小さく悲鳴を上げるも引かずに、ある提案をしてきた。
「えっと、その…ボールをどっちのものにするかドッヂボールで決めたらどうかなぁ……なんちゃって…」
アハハと笑顔が引きつっている。なるほど。
「斗真がいいなら」
「大森がいいなら」
よし、そうと決まれば、この喧嘩ドッヂボールでケリつけさせてもらう!
かくして、女子対男子の、運命を決める闘いの火蓋が切って落とされたのだった。
女子チームの円陣。作戦の確認をして、この戦に勝てる確信があることをワザと男子側に聞こえるようにも告げた。
「舞ちゃん、カッコイイね」
そう言ったのは菜乃花ちゃんだ。褒められるのは嫌じゃないけど、私はただ斗真の負けて膝をつく姿が見たいだけなので胸が少し痛んだ。
「勝って私たちのドッヂボールを取り戻そう!」
おー!と団結した女子に怖いものなんてない。目標に向かって力を合わせて戦う、この雰囲気が好きだ。私は戦闘の前だというのに頬が緩んでしまいそうになった。菜乃花ちゃんが「私たちのドッヂボールってなに…」とツッコんだ気がしたが、まあ、木のせいだろう!うん。
「絶対勝つぞー!」
「「「おー!」」」
男子の方も気合十分のようだ。そうでなくては狩りは楽しくない。
「で、私から提案があるんだけど」
作戦、開始。
中央のラインで私と斗真の二人が睨み合う。斗真が人をバカにしたような笑顔を浮かべながら口を開いた。
「え?なに?ハンデがほしいの?」
「いらねー。…いやいや、そうじゃなくて。顔アリにしない?」
「ふーん、別に女子がいいなら構わないよ」
チッ。クソムカつく。血が出るくらい強いボールを、その顔面に投げてやる。
それじゃあ、いくよー。という気の抜けた声で試合が始まった。
ジャンケンで女子ボールから開始した。運動のできる子は意外といるので適当に投げる。
「痛っ」
まずは一人。男子と女子には、そこまでの体格差はないので舐められては困る。おいおいダセーぞ、と男同士で少し盛り上がっているところ悪いが、男子チームがボールを拾った瞬間から私たちの作戦は始まっているんだ。
「よし、いくぜ」
元気の良い男子が構える。そして中央のラインぎりぎりまで詰めて投げられたボールは“何故か”誰にも当たることなくバウンドし、女子チームのボールとなった。他の見ている男たちはアハハと笑っているが投げた本人は不思議そうな顔をしている。それを見て私たちは“男なんて簡単ね”と溜め息をつく。
次は私が投げる番。標的の位置を確認してラインぎりぎりまで走りながら投げた。ボールは、ちょうど取りやすい高さ、のように見せけけているが手前で少し落ちていく変化をつけてある。だが斗真は正面で受け取ろうとして…ヒョイと避けた。チッ、読まれたか。
またバウンドして今度は男子チームのボールになってしまった。
「ごめ〜ん」
「いいよいいよ、こっから!こっから!」
「気にしないで舞ちゃん」
あ、ありがとう皆!次こそは絶対に当ててみせるからね。
そして男子の方はクラスで一番背の高い彼がボールを持った。そして気付かれないように、とある彼女が前に出てくる。背の高い彼が投げた。しかしボールは大きく弧を描いてコロコロ転がっていく。流石にオカシイと気付き始めた男子たちが慌てだしている。だがこの作戦は気付いたところで対策の仕様がないパーフェクトプラン。斗真の顔は、困った顔になっていた。ざまあみろ。
別に私たちは特別何か凄いことをしているわけではない。男子が投げる時、女子はウルウルと瞳を揺らして切ない表情で相手を見つめているだけだ。いや、それだけといったら嘘になる。もし仮に男子が投げる時、その男子の好きな人がそんなことをしてきたら?どうなるだろうか。「そんなこと、出来るわけない」と思うかもしれない。が、“男子の好意なんて女子にはバレバレ”なのだ。あとは私たちの演技力次第だったのだが、ウチのクラスは女優が沢山いたようだ。
「この勝負、もらった」
勝利の女神は、やっぱり女の子の味方だったんだ。
勝負事は確信した瞬間に負ける。それは私が一瞬、気を抜いてしまっていたから。ボールを避けることも出来ずに立ち尽くすしかできない自分をスローモーションで見つめるしか…。
「舞ちゃん!危ない!」
菜乃花ちゃんが私を庇って、ボールを顔面に受けて倒れた。犯人は斗真。殴る前に菜乃花ちゃんを抱き上げて怪我がないことを確かめる。
「…よかった、怪我してないみたい」
私のために…ごめんね。他の子も駆け寄って心配している。迷惑かけてしまったのは私のせいだ。試合前に、斗真の好きな人は誰も知らなかったから正々堂々戦おうとしたのだけれど「舞ちゃんがやりなよ」と誰かがアノ作戦をするように促したのだ。通用するはずはないと思ったけれど、それでもしなかったのは後悔が残る。こうして一人、当てられてしまったのだから。
「保健室に連れて行く」
本人は大丈夫と言っているけれど私がそうしたいんだと伝えると少し赤くなって「わ、わかった」と言ってくれた。ちょうど休み時間も終わりを告げるチャイムが鳴ったところで試合は昼休みに持ち越しとなって他の人たちは教室に帰っていった。さぁ、行こうと手を引くと、菜乃花ちゃんは力強く握り返す。心配しすぎだったかもなと、思うけれどこの顔を見たらやっぱりやめようとは言えない。
保健室の先生は笑って消毒液と絆創膏を用意してくれた。少しだけ擦りむいただけの少女の膝を見つめる。自分が怪我するのは自己責任だから別に文句ないけれど、他人が怪我するのは何よりも痛い。自分が怪我するより痛いな。
「舞ちゃん、ありがとう」
「…別に、これくらい」
むしろ、謝らなくちゃいけないのは、私だ。アノ作戦は顔面をアリにして“好きな人の顔を注目して見てもらう”必要があった。もしも顔はセーフにしていたら斗真は足元を狙って投げたに違いない。だから、
「私のせいだ」
「え?」
初めは何を言われたのか分からなかっただろうけど、すぐに菜乃花ちゃんが、そんなことないよ、と言った。その言葉がドアの開く音に被った。授業が始まっているはずなのに五十嵐斗真が顔を見せた。
「よう、死んでねーか?」
「生きてるよ」
「なんだ。もっと強く投げればよかったか」
「表出ろや、オラァ!」
それから保健室の先生と菜乃花ちゃんに宥められて落ち着くまで数分かかった。
ふー、と息を吐いて二人に謝る。保健室の先生は優しい笑顔で「元気があるのはいいことだから」と、言って私の頭をナデナデしてくれた。斗真と菜乃花ちゃんに私の子供らしい姿を見られてしまった。いや、私は十分子供か。
「「「失礼しました〜」」」
私達3人は保険室をあとにする。私たちの担任の先生には保健室の先生から内線で伝えてくれたらしい。授業に遅れてしまったのは仕方ない。
「ていうか、なんで斗真は保健室に来たの?」
「ん?あぁ…ちょっとな」
もしかしてコイツも心配して来てくれたのかな?と思ったりしたけれど、違うかもしれない。あまり女の勘を信じすぎてもダメだろう。
実はこの時、斗真はきちんと心配して来てくれていたんだいうことを後で悟るようになる。が、それは、もう少し先のお話。
斗真「それじゃあ先生、新しいサッカーボール、お願いします」




