第三話
次の木曜日、夕方になって先生とクラスの人がやってきた。
「…舞ちゃん、誰を探してるの?」
キョロキョロとアイツが何処かに隠れていないか探していた。私はアイツの顔をみたいんだ。溜まった鬱憤をぶつけたい。
「大森さん、今日は元気そうでよかったです」
と先生が言う。
「先生、うちのクラスに頭悪そうでムカつく顔の男子っていましたよね?」
「お、大森さん?!」
「ま、舞ちゃん……?」
あ、しまった。学校では大人しくて礼儀正しい生徒として通っていたんだった。でも今、私はグレた人間。良い子ぶるのも疲れるから言い訳するのは止めよう。これが私なんだ。でぃす いず みぃ。
「先週、一人で来た男子って誰ですか?」
「え、えっと…五十嵐斗真くんだね」
続けて先生が会議で忙しくて来れなかったことを謝罪していたけど、全然耳に入らなかった。そうか、五十嵐か。五十嵐、五十嵐斗真。とうま、かぁ。
「フッフッフッ………」
犯人が分かった探偵のように私は不気味に笑った。先生とクラスの人が少し引いているのを感じる。でも喜んでほしい。私は明日、学校に行こうと思っているのだから。
自分が思っているよりも学校という世界は厳しくて優しいようだ。他人の視線には前の学校で死にたくなるほど慣れている。クラスの女子に囲まれ、一人一人に謝罪の旨を伝えながらアイツがやって来るのを待っていた。
ぞろぞろと数名の男子が教室に入ってきた。その中にターゲットを確認する。
「はよー。…あれ、引きこもりがいるじゃん」
「おはよう。この前はお世話になりました」
近くにいた他の男子が「いつの間に仲良くなったんだよ」とからかっている。でも、そんなことはどうでもいい。
「五十嵐くん、でいいんだよね?」
「うん、あってるよ。引きこもりさん」
「違う」
「え?なんで?あってるだろ?引きこもりさん」
ニヤついた顔。はー、殴りたい。
「わざとらしいよ」
「らしい、は余計だなあ」
「フッ、そうやって他の人にも迷惑かけてるんでしょ?」
「はぁ?迷惑かけてるのはお前の方だろ」
正論。でも正しいことを言うだけじゃ世の中やっていけないんだよ。味方は多い方が強い。トータルで勝てば良いのだ。
「そうやって女子にちょっかい出してるんでしょ?」
「は?何のことだよ」
「アンタに笑われて傷付いた子だっているんだから」
以前、通っていた頃、机を運ぶのが遅い女子をコイツは笑っていたのを思い出した。そうだ、コイツは他人をバカにする人種なんだ。
「あんなの、ちょっかいでも何でもねーよ」
「…あんなの?」
私の背中にクラスの女子からの視線が集まってきている。それを気付いたのか、五十嵐は少し困ったような難しい顔になった。でも、もう遅い。私は女子代表となった。
「女子をいじめるの、やめてもらえる?」
「イジメてねーよ」
「ふーん、そっか。アンタがその気ならいつでも相手になる」
「全然その気じゃねぇっつーの」
でも、逃げ場はない。火蓋は切って落とされた。
こうして私と五十嵐の両者は目線を合わせれば火花を起こす勢いで牽制し合った。
私の立ち位置は不思議なことに頼れる姉さん的な所に落ち着いたようだ。他に変わったことといえば隣の席の神崎菜乃花ちゃんの私を見る目がキラキラしたものになった。
「舞ちゃん、なんかカッコよくなったね」
「えぇ?そうかな?」
カッコいいと言われることに悪い気はしない。可愛いと言われるより楽かもしれない。私は男子にちょっかい出されている子がいれば駆けつけて喧嘩する。もちろん職員室と保健室の利用が格段と増えていった。毎日のように喧嘩に明け暮れていたが、よく対峙したのは五十嵐斗真とか言うヤツだ。ほんと、嫌な奴、嫌な奴。
因縁の相手とさえ思えてくる。授業中も何かと競争したがり、先生に何度も注意された。
「お前のせいだ」
「私は普通に授業受けていただけですぅ」
こら!と先生が叱る。二人並んで校長室で説教を受けるのは最早日常的になりつつあった。この前なんて校長先生に「またな」と五十嵐と二人で言ったほどだ。少しだけ、不良は無駄に先生と仲が良くなる原理が分かった気がする。嫌いな大人でも話す回数が増えれば仲良くなるのは仕方ないことなのかもしれない。あ、コイツは例外だけどな。
そんな、ある日のこと。休み時間になって男子たちの様子がおかしくなっていた。(普段からおかしいが、その日は嫌な胸騒ぎがした)
「また何かやらかしたんだろう」
私がそう言うと他の女子がヒソヒソと話しだした。喧嘩という単語が聞こえてきて、なんだいつものことかと自分の席に戻ろうとした時だった。
「五十嵐くん、上級生にイジメられてるって」
映画やドラマみたいに嫌な予感なんて当たらなければいいのに。教室を飛び出す気持ち必死にを押さえて、そのイジメられてる場所を聞く。みんなは「先生に言ったほうがいい」と口を揃えるが私には関係ないことだ。休み時間は多くない。急ぐ足は全速力だ。アイツをイジメていいのは私だけなのだから。




