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問題児  作者: 朝馬手紙。
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第十二話



 きっと大人になっても私は人混みが苦手だ。私の親の結婚式から逃げるべく練った作戦はことごとく失敗に終わり、今に至る。

 目の前には豪華な食事が並んでいる。しかし私は食べる気にはなれなかった。前の方で楽しそうな笑い声がした。本当の私の席には二人の花嫁姿がある。おじいちゃんもおばあちゃんも、二宮おじいちゃんも朗らかに笑っているのだろう。桜と薫を祝福する人たちで会場は盛り上がりを見せる。私は意味のない、ため息を吐いてスッとその場から立ち去ろうとしたときだった。

「私の妻がいつもお世話になっております!」

 という声がした後に、ドッと歓声が響き渡る。薫の声が「もう…恥ずかしいからやめて」と続いた。なんだか息が苦しい。まだ三人だった頃の思い出が蘇ってこないうちに逃げよう。このままじゃ二人の幸せに押しつぶされてしまう。と、バカなことを思いながら廊下を走った。




 鏡に映る自分を見て嗤う。幼い少女は歳を重ねるごとに嫌な人間になっていくのだ。

 二人と別れた日のことは思い出したくない。自動式の蛇口に手をかざして水で洗う。何かしていないと怖い。私は考える。今更、何を言ってあげればいいのだろう。親を愛せない子供に言われたい言葉はなんだろう。ジャージャーと流れる水の勢いは変わらないままだ。




 数十分くらいそうしていただろうか。私は乾燥機に手を当てていると知らない声の人達が入ってきた。

「もう、春香ったら、飲み過ぎぃ」

「うぅ……ごめんね夏帆ちゃん」

 丁度、桜と薫くらいの年齢の人たちだ。少し、お酒の匂い。私には美味しそうとは思えない匂いだ。

「あ、こんにちは」

「あれ、邪魔だった?ごめんね」

「いえ…大丈夫です…」

 私のほうが出て行けばいいだけの話だ。ただ目的地がいつもいつも無いだけ。

「うぅ……」

「ほらもうカメラ汚れるから」

 そう言って苦しそうにしている春香さんからカメラを取る。逃げるばかりの私は何故かその様子を見つめてしまう。ふと、夏帆さんと目が合う。

「うーん…」

 それから夏帆さんは何やら考え事しているようです。どうしたらいいのか、私には分からない。

「ねぇ」

 私が呼ばれた。はい、と答える。

「ちょっと頼みたい事があるんだけど、いいかな?」

「え」

 それは学校の先生に頼み事される時とは違う、これからフェンスを乗り越えて秘密の場所へ行く合図のように胸が騒ぐものだった。







 残された二人の女性。

「かなり似ていたなぁ」

 夏帆は春香の背中をさすりながら呟く。

「な、なんのこと?…うぅ」

「んー、まぁ、たまには良いことしないとな、って思っただけ」

 おえおえ、とトイレに声が響く。この場所から歩みだした少女の行く先は何処だろう。






「やっぱり、断ればよかった…」

 読者の期待を裏切る行為になるとしても私には出来そうにない。私の両手には何眼レフだか分からないカメラがある。トイレで知らない人に託された。逃げ出したい。けれど、一枚も撮らずに帰るのも何だか嫌な気分。

 ここから遥か遠くの二人をカメラで捉える。レンズから覗き込んでも、ピントが合ってない。

「確か、ここをこうやって…」

 カチカチカチ、と小さな音を鳴らしながら点と線を写し出す。カチ、と最後の音が聴こえた。


 桜と薫を見つめて、あ、と声がこぼれ落ちていった。


 二人で雑談しながら時々微笑み合ったりする景色があった。

「きれいだ」

 これ以上の言葉が浮かばない。私はもう一度、綺麗だと言った。こんなに嫌いなのに二人はそれでも笑っている。子供に愛されなかったのにただ生きている。美しい衣装で会場を渡り歩く。二人並んで歩く姿は愛し合っていた。もう、訳が分からないけど私の指先はシャッターから離れない。カメラは愛し合う二人を決して逃さない。ふと、桜がコッチを見た気がした。でもそれだけ。桜は薫の肩を抱き寄せる。薫もコッチを見た気がした。

 この一枚だけは私が撮りたい。


 シャッターを押した後、レンズから目を引いて二人を探す。何事もなかったように別の席の所へ歩き始めていた。私の胸に焔が灯されたみたいだ。上手く言葉に表せれないけどメラメラと熱く「何かしなくちゃ」と気持ちばかり走り出しそうで置いてかれると思った。

「私だって」

 負けてられない。私にだって大事な人がいる。やりたい事はないけれど何かやりたいという気持ちが今産まれた。負けてられない。私の幸せを見せつけてやる。これは恩返しとか復讐とか関係ない。あの人たちの子供として見せつけてやりたいんだ。これは愛なんかじゃない。

 両手の中のカメラは私の汗で少し汚れていた。

「返そう」

 今から戻ったらまだ間に合うだろうか。もし、トイレから移動していたらどうやって探そう。

 私は、歩み始めた。すると丁度視線の先にフラフラとしているあの人たちが見えた。右足と左足がギアを上げたらしい。まるで滑走路を走る飛行機のように、私は駆け出していたのでした。




舞「ただいま」

斗真「おかえり」

舞「まぁまぁ楽しかったよ」

斗真「なぁ、ちょっといいか?」

舞「え?何?」

むぎゅー

斗真「痛い?」

舞「すげぇ痛い」

斗真「そっか。でもやめない」

舞「ひでえ」

斗真「これからは沢山甘えるから」

舞「いや、これは暴りょk…イタタタタタ!」

斗真「滅茶苦茶好きだ!」

舞「ありがとう!私も大好き!だから痛いって!」

斗真「……最初から痛くしてないけど?」

舞「………」

斗真「ごめん。今の訂正」

舞「……?」

斗真「もっと好きになったよ」

舞「……ばーか」

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