第十一話
平然を装って彼氏の名前を呼んだ。
「おう、なんだ?舞」
その時、私は勿論、クラス中がザワザワとなった。ていうか名前呼びって。私はジリジリと斗真の近くに詰め寄る。デートのことについて話しておきたくて呼んだのだから恥ずかしくなる必要はない。
「今度やるゲームのことなんだけど…」
結局、初めてのデートが自宅って何?という私の疑問をぶつける機会もなく斗真との会話は終わった。
大乱闘でいいだろうという結論になったところで斗真は他の男子と遊び始めた。
「ねぇねぇ!舞ちゃん!今の何?」
「えっと…何っていうか…」
「え?付き合ったの?」
目をキラキラと輝かせた乙女達が私の周りに集まってくる。
「……まぁ、そうなるかな」
キャー!と一人が黄色い歓声をあげる。続けて、おめでとう、と誰かが言った。
それから、休み時間になる度に女子から質問攻め。他にも斗真と目が合うだけで歓声があがったり、いつも以上にオシャレの話をするようになった。私はクラクラした。ようやく心からの笑顔で挨拶ができるようになったのだ。
「舞ちゃん!また明日!」
「うん、また明日」
手を振りながら一人の顔を思い浮かべていた。いや、斗真じゃない。それはいつも想っている。
ゲホン、ゴホン。
私が考えていたのは彼女のことだ。友達の神崎菜乃花ちゃん。全く話さなくなったわけではないのだけど、距離を感じるようになってしまったのだ。それも真っ直ぐどこまでも伸びていく白線のように、私との間に敷かれている気がする。
周りがお祝いムードの中、普段と変わらない彼女がポツンと教室にいることが苦しい。祝ってくれなくて怒っているわけじゃない。一人で寂しそうにいる菜乃花ちゃんを見ると私の胸はチクチクと刺すように痛かったのだ。
直接、本人に尋ねるのは勇気がいた。今まであんなに菜乃花ちゃんと喋ったり遊んだりした過去の自分が別人に思えてくる。でも、それでも今日、面と向かって問題と立ち向かうと決めたんだ。
私達の話題も飽きてきた頃、彼女の席へ歩み寄る。
「だって舞ちゃんは大切な友達なんだもん」
自分の名前が聴こえる。独り言を聞いてしまうと少しだけ悲しくなる。
「菜乃花ちゃん」
「舞ちゃん…」
彼女の小さな小さな両手がギュッと握られる。そして、絞るような声で言った。
「おめでとう」
放課後、告白された。私が断る前に彼女は頭を下げて一言謝って去った。
どこまでも青い空というのは残酷です。せめて雨だったら彼女の流れる感情を隠せるのに、と思いながら小さくため息を吐きました。
それから私達は一つの季節を超えた。相変わらず、背伸びしなくても大人になれるのに数センチ伸びることに必死な小学生だ。私はというと恋人の斗真とも進展することもなく、戻ることもないといった感じ。ただ、私の出生のことを話した。数日後、先生達にも会ってくれた。
「良い人たちだったな」
「うん」
「舞のこと、もっと好きになった」
「え」
「誰にも言えない秘密を教えてくれたことが滅茶苦茶嬉しかった。ありがとう」
「いや…その…えっと」
突然のことに戸惑ってしまう。上手く言えないけれど私も嬉しいと思った。嫌われてもおかしくない私の秘密を受け止めてくれた。グラグラと視界が揺らいで、鼻水も落ちそうになる。そっと彼の腕に包まれるのを感じた私は、生きてて良かった、と初めて思えた。私の方こそ、ありがとう。好きになってくれて、ありがとう。恋人になってくれて、ありがとう。
沢山の人が私たちを見て、小さな声で何か言っていたけれど気にしない。
産まれてくるはずのない命だとしても、私はココにいる。イジメられたけど友達もできた。恋人だっている。将来は怖いけど進めないわけじゃない。
その日は二人のうち、どちらかが言ったわけでもないけれど手を繋いで歩いて帰りました。どうしてか、その日はいつもより歩くのが遅かったのでした。
歯が当たって痛む口元を押さえながら玄関に入るとおじいちゃんの靴がありました。
「あれ?」
普段、帰ってくる時間はもっと遅いはず。予期せぬことが起きると不安になる。何か嫌な予感がすると思うと当たる。思わなくても嫌なことは起きないことなんてない。
「あぁ、帰ったか」
「うん、ただいま」
早速、おじいちゃんが出迎えてくれた。まだ仕事服を着ているから余程の事が起きたに違いない。私は次の言葉を待った。それを察知したのか、おじいちゃんは決意を固めた様子で口を開いた。
「今から服を買いに行こうか」
なんだか胸がザワザワする。ただ、服を買いに行くだけじゃない。そんなことは分かっていた。
「どうして服を買いに行くの?」
喉が渇いている。でも固唾を飲むには重すぎる空気だ。そして、おじいちゃんは哀しい声で言った。
「お前の親が結婚式をするからだよ」
桜「ただいま」
薫「おかえり」




