第一話
「お前、お父ちゃんいねーの?」
隣の席の男子が教室の真ん中でみんなに聞こえるように言った。私はチガウと口を動かすが、何故か声が出ない。今いる場所が小学生の頃イジメられていたアノ教室だと気付いてから、あぁそうか今自分は夢の中にいるんだと悟った。どこにでもある普通の悪夢。寝ても覚めても憂鬱だった日々がフラッシュバックしてズキズキと頭痛がする。
「まじかよ、レズじゃん」
消したくても消せないクラスメイトだったアイツ等の声が未だに頭から離れられない。そんなわけない!と否定したい。でも私の両親、桜と薫は確かに女性同士だ。ハグもキスもする。愛し合っている、と思う。黙ってやられるしかなかった…。
イジメが始まって、私の家庭の常識と世間の常識が全く違っているということを知ってから食欲が無くなってしまった。当然、学校に居場所はない。家に帰っても普通と違う形のフウフが私を迎え入れてくれる。私は二人に騙されたような感覚に陥って恨みに似た感情が湧き上がった。そして、破裂するまで平然を装って暮らしていた。
「お前もレズなんだろ?」
何を根拠に。
「きもーい」
なんで私がこんな目に合わなくちゃけいないのか。
女子からも距離を置かれて、吸い込む酸素が変な味に思うほどだった。
「女同士じゃ子供作れないんだぜ」
は?何言ってんだ?私がいるじゃないか。そんなわけないだろ、バカ野郎。でもバカだったのは私の方だった。
子供が産まれてくる仕組みをなんとなく知ると同時に恐怖を覚えた。もしかしたら私は捨てられた子供で、桜と薫が見つけたんじゃないのか?本当は血なんて一滴も繋がってない偽りの家族なんじゃないか。
懐かしいなぁ。夢の中だから余裕の表情で廊下を歩く。いつこの夢は終わるのだろうと思っていたらガラガラと扉の開く音がした。少し薬品の臭いがする。あと白い天井が見える。私は保健室のベットの上で眠ってしまっていたことを思い出した。
「あぁ…」
私は転校初日に上級生の不良から喧嘩を吹っかけられて殴り合った末、この有様になったことをボンヤリと思い返していた。左頬を触るとまだちゃんと痛い。
眠る前に先生とお婆ちゃんがやって来たことも思い出してしまった。説教されるかとおもってたら何故か心配されてたのだった。まるで腫れ物を触るように優しくされて少し虚しい。お婆ちゃんは忙しいから先生に家まで送ってもらえるように頼んだらしい。余計なお世話だっつーの。
私は学校から逃げた。それから、ブラブラと歩いている時に書店を見つけた。読書家というわけでも立ち読みしたい気分でもなかったけど、とにかく時間を潰したかった。なんでもいい、どうでもいいという呪文を唱えながらユラユラと漫画コーナーへ足を運ぶのでした。
「好きです」とヒロインが告白するシーンを丁度読み終えた。ペタンとコミック雑誌を閉じて元の場所にしまった。
私たち学生が勉強もせずに遊んでいると、お前は逃げていると大人は言う。事実、私は現実から逃げていた。フラッシュバックするイジメられてきた日々、そして、桜と薫と私の三人で笑い合っていた幼い頃。なんだかジリジリと頭が痛い気がする。
「…まだ14時か」
家に帰ってもうるさい大人がいて独りになれないのだ。私は独りで考えていたい。
何を?と問われても答えようのない話だ。なんでもいい。同性愛とか私の出生のこととか、とにかく私に関わること全部を。この一時くらい忘れていたいんだ。
立ち読みは悪いことだけど、悪いことでもしてないとドロドロとした液が体内に溜まってしまって仕方がないんだ。
だって私は“問題児”なのだから。
黒い感情が破裂した日、聞いた話によると私はお婆ちゃんの家に転がり込んだという。でも私にはそんな記憶がなかった。ソコの記憶だけスッポリと抜け落ちたようだ。病院の人にも環境を変えてみたらどうかと言われた。
「うん」
迷うことなく縦に首を振る。
桜と薫の二人と離れたいと思っていた旨を打ち明けるまでもなく私はお婆ちゃんの家に引き取られたのだ。
自分に与えられた部屋は、昔は桜が使っていたという。私は念入りに掃除をし、全く別の部屋に塗り替えて元の部屋の面影を一ミリも残さなかった。
クタクタの身体をフワフワのベットの上に転がらせる。今日も疲れてしまった。睡魔が優しく私を抱き寄せてくれているのが分かる。少し伸びをして欠伸を一つ。
「あー、学校行きたくないなぁ…」
きっと沢山の人が呟いてきた普通の言葉を口にしている自分がなんだか可笑しくて、ベットの上をゴロンと1回転した。
「引きこもろうかな……」
どうせ明日も不良にちょっかいを出されて、最後は保健室で先生に心配されるんだ。ただでさえ転校生は周りに馴染みにくい種族だというのに…。
悩みの種はもう一つある。とびきりデッカイのが。それは、私は誰の子供なのか、ということだ。誰か必ず父親がいるはず。母親は二人もイラナイ。でも、もし桜と薫が本当に私の親だったら?そんなわけないと頭を今まで何度も横に振ってきたけれど私の顔は二人によく似ている。そんなはずない、そんなはずない、と頭を抱える。
考えれば考えるほど悪い方向へ進んで行く。こういう状態になったらいくら考えてみても無意味である。考えない方が良い場合の条件に当てはまる。
「今日はもう寝よう」
そう言って数秒。ご飯が出来たことをお婆ちゃんが知らせる声が聞こえてきた。仕方ない、食欲はあんまりないけれど何か胃袋に入れてやるか。ギシギシと軋むベットから起きて夕ご飯を目指して一歩踏み出すのだった。
このときの私は絶望から抜け出したものの、何もする気も起きないタンパク質の塊に過ぎなかった。だがしかし、これから出会う一人の少年、やがてかけがえのない相棒となる人物に巡り合うことになるとは思いもしなかったのである。
舞「だりぃ…」




