はじめまして、逆さ虹
それぞれの場所で、あるものは不思議そうに、あるものはどこか納得した顔で、あるものは怯えながら、自分の頭の上に浮かんだ逆さまのアーチを見ていた動物たちは、不意に、西の森に大きな赤い逆さまのアーチがかかっていることに気付きました。
「あ、あ、赤い……アーチだあっ……!」
「あそこは……根っこ広場、だと⁈」
「西の森にも〜♪ 逆さまアーチ〜♪」
「ちょうど『特別な木』があるところに……赤い、逆さまのアーチ、ですか……」
「んー? あんなの初めて見たなぁ」
「あっ! あれ! 色違いのアーチ!」
皆がそれぞれ声を上げ、そのあと取った行動は、ただひとつ。
「……根っこ広場にいこう!」
全員が、根っこ広場へと駆け出し、『特別な木』——レトの元へと向かうのでした。
その頃、レトは。
「……そうか。みんな、ここに来るのか」
森中の木々から動物のみんながこちらに向かっていることを聞きました。そして……。
「……えっ? みんな色違いの逆さまのアーチを連れているって?」
森の木々からそれを聞いたその時。
レトは思い出しました。
今では最早伝説と化している、あの言い伝え。昔、黄金の鳥によって告げられた、あの言い伝えを。
クマのパフ、コマドリのフルー、キツネのリン、リスのシーレ、ヘビのロイ、アライグマのディゴの順番に、動物たちが根っこ広場に集まりました。
「あ、あ、あれ? ふ、ふ、フルーも?」
「あらあら〜♪ パフも〜♪
逆さまアーチと一緒なの〜♪」
「おや、お二人も逆さまアーチができていたんですね」
「あっ! パフ、フルー、リン! アーチができてたのって俺だけじゃなかったんだな!」
「あれー? 四人もアーチが一緒なのー? なんか、不思議だねぇー」
「……なんだ、みんな逆さまアーチと一緒じゃねえかよ」
森の動物たちが、やいのやいのと話していた、その時。
ざわざわっ、と木がざわめくと同時に、森の木々たちの『愛の赤いアーチ』が移動しはじめました。
「み、見えないなー」
「しょうがねえ、みんなで木に登るか」
アーチがどうなるのか気になるのでしょう、空が飛べるフルーはパタパタと空へ舞い上がり、その他の皆は木に登りました。パフの怖がりも、アーチを見たいという思いには敵わず、パフは勇気を出して木を登ります。
赤い逆さまのアーチは森の中央まで移動して、上に浮かび上がると、森の西の端から東の端までを繋ぐかのように大きくなりました。
「わあっ!」
これには森の動物たちはもちろん、森中の木々もびっくり。
さらに、これだけでは終わりません。
「……あっ! あっ!俺のアーチが!」
そう。シーレの『お調子者の橙のアーチ』がシーレの元を離れて巨大化し、赤いアーチの下にくっつきました。
それだけではありません。
その次にはロイの『元気の黄色のアーチ』が、そしてリンの『平安の緑のアーチ』、フルーの『純粋の青のアーチ』、ディゴの『寂しさの藍のアーチ』、そしてパフの『怖がりの紫のアーチ』が順番にくっついたのです。
……もう、お分かりですね。
森全体に、逆さ虹がかかったのです。
この森に幸せを呼び、この森を守ると予言された虹が。
「——逆さ虹、だわ。あの言い伝えの逆さ虹よ」
ぽつり、呟いたものがいました。
「——ある日〜♪ 訪れた〜♪
黄金の鳥が告げた〜♪
いつか〜♪ この土地に〜♪
逆さ虹がかかると〜♪」
コマドリのフルーが、親や祖父母、いえ、もっともっと前の代からから代々歌い継いできた歌を歌ったのでした。
「虹は〜♪ 古から〜♪
不幸を〜♪ 呼ぶと言われていた〜♪
でも〜♪ これは逆さ虹〜♪
幸せを呼び〜♪ 森を守る虹〜♪」
神々しい光を放つ虹を見つめながら、動物たちは放心し、木々は——森は恐れ敬いました。
森にはただ、フルーの歌声が響くだけ。
と、その時。
「——綺麗な声だね」
突然黄金の鳥が現れました。
そう。逆さ虹が現れると予言した、あの黄金の鳥です。
「……おや、あの時の黄金の鳥か」
「お久しぶりですな、巨木さん」
レトは驚きました。
独り言のつもりだったその言葉が、黄金の鳥にだけは聞こえていたようだったからです。
「愛と、お調子者、元気に平安、純粋に、寂しさと怖がり……か。あの頃とは違って随分と個性的な森になったね」
黄金の鳥がレトに語りかけると、レトは答えました。
「ああ、そうですね。でも、毎日楽しいですよ」
他の動物たちとは会話ができないのに、黄金の鳥とだけは会話が出来ることは、驚きはしたものの、あまり不思議に思いませんでした。
だって、見た目からして普通の鳥には思えませんし、逆さ虹が現れることを予言した鳥でしたし、それに、普通の鳥ならば、こんなに長生きはできないはずですからね。
きっと、黄金の鳥は特別な鳥なのでしょう。
不意に黄金の鳥は、歌うように言いました。
「この逆さ虹の森に、祝福を」
そして、黄金の鳥は大空を飛び回り、そして、いなくなってしまいました。
ぽかんとしていた動物たちは、その顔を見合わせ、お互いのその腑抜けた顔を見て、笑い出しました。
レトをはじめ、森の木々はその笑い声を聞き、幸せそうにざわめきます。
それを、七つの想いがこもった、鮮やかに輝く逆さ虹が静かに見守っていました。