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リン お人好しさん、いつも笑顔のキツネ

 東の森の、小さな広場。

 そこには、様々な動物に化けて遊ぶ動物がいました。

 タヌキかと思えば、次の瞬間には小鳥になり、さらにリスになり、ウサギになり……そして、キツネになりました。


 そう。彼女はキツネでした。

 彼女の名は、リン。

 化けることは好きでも、誰かを騙すことは絶対にしない、そんな、少し変わったキツネでした。



「やっぱり楽しいですねえ。

 ……そうだ。こんなに今日はあったかいんですもの、ひなたぼっこでもしましょうか」



 リンはそういうなり、ぽーんと宙返りをし、人間の女の子に変身しました。

 リンは人間の女の子に化けるのが一番得意で、大好きでした。そして最近、人間の姿でひなたぼっこをするのがマイブームなのでした。

 リンは人間の姿のまま、木に寄りかかります。心地よい日差しが差し込んできて、ポカポカして、そしてそのうち、うとうととし始めました。



「——⁈」


 突然自分の足を襲ったとてつもない痛みに、リンは目を覚ましました。

 その目が、自分の足元にいる動物に向きました。

 ばちり、と目が合います。

 その動物は、アライグマのディゴでした。



「人間めっ……許さねぇっ!」



 その目はそう、言葉にするならばきっと『憎悪』というものなのでしょう。

 ディゴは、驚きはしたものの逃げようとしないリンにさらに飛びかかり、引っ掻き、噛みつき……あっという間にリンは足も腕も怪我だらけになってしまいました。

 でも、リンは何もしませんでした。



「……な、なんでだよ、こいつ……」



 ディゴはぽつりと呟き、



「……おい、人間。なんで……なんで何もしてこねえんだよ」



 ぶっきらぼうに、問いかけます。

 彼らしくない、とリンは思いました。彼のその寂しそうな、悲しそうな声を、リンは初めて聞いたのです。

 リンは、問いには答えませんでした。

 無言で立ち上がると、リンは彼に言いました。



「——やはり、痛いですね。でも……それだけのことを私たちはした、そういうことですよね」



 アライグマは、答えません。ただ、寂しげに俯いていました。

 その姿に幼い自分が見えて、どきりとします。

 リンはそのまま静かにその場を去っていきました。



 池で傷を洗いながら、リンはこの森に()()()わけを——あまりにも寂しすぎた自分の過去を思い出します。



 彼女は昔、別の森のキツネの集落に住んでいました。

 しかし、当時からお人よしだった彼女を、集落のキツネたちは変わり者扱いし、いじめました。

 リンはどんなに傷つけられても、にこにこ笑っていました。

 しかし、仲間のいない寂しさには耐えきれず、彼女はこの森に独り、逃げてきたのでした。


 今では昔の出来事を笑って話すこともできます。この森に来てから出来た初めての仲間たちが、昔の辛い出来事を薄め、彼女に喜びや楽しみを、そして幸せをくれたからでした。

 しかし昔、友達や仲間がいない寂しさが自分を包んでいたことは、今でも鮮明に思い出せます。



 元の場所に戻ってきた時、そこにディゴはいませんでいた。

 リンは変身を解いて、その傷口に自分で貯めていた薬草を巻きつけていきました。数分後には、その前足と後ろ足には、たくさんの薬草が巻かれていました。



「……そういうことですね、ディゴさん」



 リンは、もうその場にはいないディゴに語りかけます。



「ディゴさんが暴れん坊なのは、寂しいから。おそらくは昔、人間に酷い目に遭わされて、寂しい目にあわされたから。そういうことなのですね?」



 リンが痛みをこらえて、ディゴの引っ掻きや噛みつきを拒まずに受け入れたのは、ディゴの本当の気持ちを受け入れたかったからでした。

 そして、その寂しさを知っていたからでもありました。ただ自分とディゴでは、その先にあった行動や感情が違っただけで。


 悲しくて、寂しくて、自分をそんな風にした人間が憎たらしくて。

 そんな彼の気持ちを、ただただ、受け止め続けたのです。そして、彼が求めているであろう言葉を言ったのでした。



『でも……それだけのことを私たちはした、そういうことですよね』



 少しでも彼の寂しさが、悲しさが、憎しみが薄くなるのなら。

 それならば少しくらい、彼の求める言葉を告げてもいいかと思ったのです。



 と、その時。

 リンから緑色のオーラが滲み出し、彼女の頭の上に、逆さまな緑色のアーチを作りました。おわんの底に見えるその場所が、ちょうどリンの頭の上にあります。



「ん……? これは、なんでしょう?」



 リンは不思議そうに首を傾げ、自分の足に巻いたその鮮やかな緑と、頭上に浮かぶ鮮やかな緑を見比べました。

 アーチの緑は薬草の緑に劣らぬほど鮮やかです。



 これは『平安の緑のアーチ』でした。

 お人好しなせいか、いつも笑顔で、心やすらかな様子で過ごすリンのその性格が、そのまま現れたかのような、そんなアーチでした。

ちなみに。

いつもお人好しな彼女を、いつも彼女がひなたぼっこに使う木が心配していることについては、また別のお話。

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