パフ おっきいけれど、一番怖がりなクマ
西の森の、その北のほう。
大きな体で、ビクビクしながら歩いている動物がいました。
「き、き、木の実……木の実……ないかな……?
——うひゃあっ! ……な、なあんだ、オバケかと思ったら、遠くの木の影かぁ」
歩いていたのは、大きな大きなクマでした。
彼の名前は、パフ。
大変怖がりなクマでした。
それにしても、遠くの木の影をオバケと勘違いするのはまだ分かりますけれど、怖がり過ぎていませんかね……?
だって、叫んだだけでなく、その大きな体からは想像も出来ないほどの速さで近くの木の影に隠れていましたからね。
「うう、怖いよう……誰か他にいれば心強いのになぁ……。こ、この辺りはシーレくんのお家が近いし……い、一緒に……来てもらおうかな……」
彼がそう呟いた、その時。
『グギャアーッ!』
「うわあああっ!」
近くにあった木のうろから、恐ろしい化け物が叫んだような声が聞こえてきて、もちろんパフはその場から慌てて逃げ出しました。
「……はあ、はあ、はあ……。
こ、こ、怖かったあ……」
パフはめちゃくちゃに走り回って逃げるうちに、オンボロ橋へと到着していました。
「い、今は東の森は怖いからね、に、西の森に……い、行こうかなぁ。き、きっと、リンちゃんが、た、助けて……くれるはず」
パフはそう言ってオンボロ橋を渡ろうとしましたが、足が震えて、前に動きません。
それもそのはず。
だって、足をかけたらその瞬間に崩れてしまいそうな、そんなボロボロの橋なのですから!
「う、う……や、やっぱり怖いよう! 怖くて渡れないよう!」
もしこれが友達と一緒なら、もしかしたら渡れたかもしれません。
コマドリが歌を歌って励ましてくれたかもしれません。
ヘビが崩れそうなところを崩れないように自身の体で補強しながら、彼の独特の語りでパフの気持ちを和ませてくれたかもしれません。
ぶっきらぼうな態度をとりながらも、アライグマがパフの肩の上で励ましてくれたかもしれません。
キツネが少し前に立って、一緒に渡りながら不安を紛らわしてくれたかもしれません。
リスが橋の向こうにパフの大好物の蜂蜜があると冗談を言って怖さを忘れさせてくれたかもしれません。
そして、いつのまにか道を渡り終えているのです。みんなが「凄いよ!」「えらい!」と褒めてくれるのです。
でも、ひとりぼっちになると、無理なのでした。
怖くて怖くてたまらなくて、渡れません。
怖さを忘れるために、歌を歌いながら渡ろうとしました。でも、橋に足をかけようとすると、歌がピタリと止んでしまい、恐怖が蘇ります。
自分に「大丈夫」と言い聞かせても、いざ渡ろうとすると「……やっぱり無理!」と思ってしまいます。
自分で自分を騙して、橋の向こうに大好物の蜂蜜があるから取りに行こうと言い聞かせてみても、それが嘘だと分かってしまっているので、意味がありませんでした。
「怖い……怖いよう……!」
とうとう、パフは泣き出してしまいました。
普段は橋が渡れなくとも泣くことはしません。しかし、今日はあの恐ろしい化け物が叫んだかのような声を聞いて、命からがら逃げてきた(ような気持ちでいる)ので、もう、限界だったのです。
と、その時。
パフから紫色のオーラが滲み出し、彼の頭の上に、紫色のちょっと大きめな逆さまのアーチが現れました。
「ぐすっ、ぐず……これ、なんだろう……?」
パフには分かりませんでしたが、それは、『怖がりの紫のアーチ』でした。
その紫は、どこまでも深く、濃い紫でした。
それはまるで、いつもよりも怖がりな彼の心の中を映したかのように。
ちなみに。
恐ろしい化け物が叫んだような声の正体が一体何だったのかは、別のお話。