プロローグ 大きな大きな森
昔々、あるところに、一本の巨木がありました。
最初は、その木はひとりぼっちでした。
しかし、年月が経つにつれて、やってくる鳥や吹いてくる風が種を運び、種からは芽が出て、すくすくと伸び、やがて木になりました。
木は実をつけ、その実を落とし、そこから再び芽が出ました。
こうして、長い年月をかけて、池を飲み込み、川ができ、動物が住み着き、今の森ができました。
巨木は森中の木々と根っこでつながり、意思疎通ができました。
その巨木のそびえ立つその場所には、広場がありました。
広場の中心に巨木がそびえ立ち、そこから太い根っこがたくさん伸びています。地面にもボコボコと、あちらこちらに根が見えます。
巨木の根っこがあるので、そこは他の木が成長することが出来ず、広場となったようです。
その巨木の根っこには広場を丸く囲む木々の根っこが絡み付いているので、この広場は根っこだらけでした。あまりに根っこだらけなので、その広場を動物たちは『根っこ広場』と呼びました。
巨木は長い間生き続けてきたので、今では最早精霊のような存在になっているらしく、巨木は自らの根っこを自在に操れました。
なので、根っこ広場で嘘をつくものがいれば、ちょっとお仕置きに根っこで捕まえるようになりました。また、この森に害をなすものが現れれば、たちまちその根っこを使って、あっという間に追い払うことだってできます。
巨木は最も大きな木であり、根っこを動かせる木なので、動物たちに『特別な木』と呼ばれました。
動物たちは巨木を大切に大切に扱いました。
そして、言葉を交わすことはできなくとも、何かあった時も、何もない時も、巨木に語りかけるようになりました。
巨木も自分の言葉が動物たちに伝わらないことを残念に思いながらも、会話をしました。
巨木は、この森にとって、動物たちにとって、無くてはならない存在でした。
この森は、大きな川で東と西に分かれています。
西側には、今お話しした『根っこ広場』があります。そして東側には、ドングリの形をした『ドングリ池』があります。
その池は不思議な池で、ドングリをお供えして願うと願い事が叶うというのです。
事実、今までに何度か、願い事が叶ったことがありました。
願い事が叶った例の一つが、オンボロ橋と呼ばれる、西の森と東の森をつなぐ橋でした。
オンボロ橋は、いつからあるのか分かりませんが、まさか最初からオンボロの橋をかけるわけがないでしょうから、昔は綺麗な橋だったのでしょう。しかし、今ではボロボロになってしまっているので、橋がかけられてから相当長い年月が経っていると思われます。
ちなみに、誰が橋をかけることを望んだのかは、また別のお話。
そして、この森には不思議な伝説がありました。
その伝説の名は、『逆さ虹の森』。
それは何十年も前のこと。
動物たち(当時はコマドリのつがいが一組、タヌキ、ネズミ、ネコ、ウサギが住んでおりました)が、たまたま根っこ広場に集まって遊んでいた時のこと。
突然黄金の羽を持つ美しい鳥が現れて、あっけにとられている動物たちや木々の前で宣言したのです。
「いつかこの森には、逆さまの虹がかかるだろう。虹は古から不幸を招くもの。しかし、逆さ虹は、この森をいつまでも幸福にし、守り続けるだろう」
言いたいことを一方的に告げたあと、黄金の鳥はいなくなりました。
その後、その話はコマドリによって後世に伝えられていきました。他の動物たちはどんどん入れ替わっていきましたが、コマドリだけは、ずっと森に住み続けたのです。
そして、逆さ虹はいまだに現れておりません。
さて、こんな大きな大きな森を舞台にした、不思議なお話の、はじまりはじまり。