三殺:無修正、の名を冠する者
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長い夜――
そう、表現するのが妥当。
鬱積した憤懣に身悶えしているにも関わらず、人々は社会に諍う事さえせず、怠惰に色褪せた見せ掛けの公平社会と云う名の惰眠を貪る。
週休五日制の齎した寂寞たる街並みは、白黒写真宛ら。
極度な理想が反映された社会生活は、静寂、且つ愚鈍な毎日と云う刻を誘い、白痴を垂れ流す。
非生産的な社会が、世界を、日本を覆い尽くし、忍び寄る。
就きたい職業50年連続一位、それが公務員。
既に殿堂入りしており、就きたい職業の選択肢から外されている程。
公務員の採用枠は拡大の一方。それでも枠は足りず、みなし公務員に迄、拡大。
人口三億を越えた列島の掲げる目標は、国民総公務員化。
凡そ、馬鹿げているが、仕方がない。
それを、国民の多くが望んでいるのだから。
月曜日、公務員達の登庁に、大地が揺れる。
お揃いの革靴は自治体からの配給品。
夥しい数の革靴に踏み付けられるアスファルトの整備は行き届いていない。
メンテ不足が顕著なのは、誰の目から見ても明らかだが、それを口にする者はいない。
極端な労働時間の圧縮とは、そう云う事だ。
――宿題。
お役所言葉で云うところの宿題。要は、棚上げ、だ。
分かってはいるが、時間がない。
“働く”時間が、だ。
法の定めたる労働時間を超過してはいけない。
それは、“みな”が求めた事なのだから。
みなが求めた政治家が、みなの求めた要求を法案として通し、これをみなが受け入れ、みな生活する。
みなとは、多数派。
無論、少数派の意見も聞き入れ、公正・平等・公平・中立的たる采配を行使、差別・偏見を極端に無くした理想社会。
これが理想的な民主主義、21世紀末の日本の姿。
美しい国、日本。ここに極まれり。
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火事――
行き交うパトカーと消防車。
都内外れでまた、不審火。
スマホのニュースでは、そう流れている。
――併し。
最近、ネット界隈で噂になっている。
放火そのものが目的ではなく、何者かによる襲撃の結果、と。
それは、公務員やみなし公務員を対象とした襲撃である、と。
そう、公務員殺しの仕業、と。
公務執行妨害ですらその罪状は重く、無期若しくは12年以上の懲役。
公務員を対象とした暴力や傷害は、それだけで30年以上の懲役となり、過去、この刑の対象となった最長記録は、懲役141,079年の刑期がとある男性に下された。
死刑制度が廃止された現在のおいて最悪の犯罪、となっている。
もし、公務員殺しの噂が真実だとしたら、刑期の最長記録を塗り替えるかも知れないと迄、嘯く者もいる。
以前であれば、公務員殺しの噂をインターネットで綴る事さえ出来なかった。
根も葉もない噂話、つまり、情報源のはっきりしない文章は、全てフェイクニュースと見なされ、5年以上の懲役となるフェイクニュース取締法の刑罰対象となるからだ。
言論統制の一環でしかないこの悪法だが、あまりにもその適用数が多い為、人々は従わざるを得なかった。
ところが、公務員殺しを思わせる匿名の書き込みが登場し、その内容と事件との一致性が著しく似通っていた為、偽ニュース取締法から一部、洩れた形になっていた。
抑々、犯行予告そのものが重大な刑事罰の対象であり、これをものともせずに書き込み、実際の犯行に及んだのであれば、それは紛れもなく公務員殺し当人であろう、と予想され、噂の火種となったのだ。
そして何よりも、取り締まるべき公務員達が、自らその情報を拡散している、と云う事実。
当然と云えば当然。
何故なら、もしも、公務員殺しなる存在が実在しているのであれば、自身もまた、その事件の対象になり得てしまうからだ。
公務員という者達は、自らの安泰を一番に願う存在。
一生の安泰を願い就く職務こそが公務員であり、その安定性を勝ち得る為であれば何でもする、それが公務員。
同様に、公務員にある者であれば、自身の多少の違法性・適法性に関しては法規的、組織的に目を瞑って貰える、その特権がある、と信じて疑わない。
事実、重大な過失でもない限り、所属する官公庁は公務員を包括的に、それが適法ならざるものと知った上で護っている。
特権を有するが為、彼らの口を、閉ざすべき法が損なわれていたのだ。
マスコミが封殺している公務員殺しの噂は、公務員達の、その特性故にネットを通じて蔓延し、真実が分からない故、また、どこの新聞社も報じないが故、益々、混沌として行く。
これが、公務員殺し自らによる仕掛け、こうなる事を読み切った上での狙いであったとしたら、どれ程、怖ろしいものであるか、未だ公務員達は気付いていない。
ネットで囁かれている公務員殺しの暗号名は、狩靡庵虚武。
凡そ、一世紀近く前、20世紀末から21世紀にかけ、現在のネット環境が整い始めた狭帯域通信から広帯域通信への移行時、様々なホームページにあるアンカーリンクを辿って行くと最終的に閲覧してしまうアダルトサイトの名称。
Yahooが入口であれば、カリビアンコムが出口。そう思わせる程、トラップまみれのリンクの源流、それがこのアダルトサイト。
そして、そのサイト名を公務員殺しの暗号名として揶揄した。
無論、揶揄であれば良いのだが。