二殺:公務員スレイヤー、爆誕!
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凄まじい光景だった――
突如コンビニに現れた奇っ怪な恰好の侵入者は、まるで体操のゴールドメダリストのような体捌きで小さな店内を疾走、コンビニ店員を刹那に斬殺。
金切り声の断末魔を上げた店員の声に反応し、バックオフィスから慌てて出てきたみなし公務員の出向者をも躊躇無く斬り伏せ、何事もなかったかのようにレジから金を奪う。
握り締めた数万圓天札を片手に、その侵入者が音もなく近付く。
――衝撃。
ハリウッド映画宛らの、くど過ぎるアクションシーンを目の当たりにし、現実感の希薄さのせいか、冷や汗すら出ない。
こんなド派手なコンビニ強盗現場に出会してしまうとは、俺もツイてない。
僅かな俺のバイト料に照らし合わせてさえ、その数日分如きの金額で、その程度の価値で俺の人生は終わってしまうのか?
なんの変哲もないただのコンビニで……
俺は生まれ変わったら、公務員になれるのだろうか。
ステキな輪廻転生で人生イージーモードを楽しめるだろうか。
いやいや、チープな異世界転生でチートキャラを演じられるのか。
惰弱なセンチメンタリズムが俺を包み、急速に不安に駆られる。
刀の切っ先を向け、よく通るやたらカッコイイ低音ボイスで、
「問おう。貴様は、公務員か?非公務員か?」
「……ただの、フリーター、です…」
か細く、答える。
「自由人、か。よろしい!それではコレは君のモノだ」
侵入者は、その手に握り締めていた数枚の圓天札を俺の足下に放る。
なんのつもりだろうか。
「こ、これは!?」
「それは君らのような者達から搾取された金。故に、返そう」
侵入者は踵を返し、砕け散った自動ドアを踏み付け、歩み出る。
どういう訳か、立ち去ろうとする侵入者に思わず、声をかける。
「待って!あ、あなたは?あなたは何者なんですか!?」
振り返りもせず、
「俺は、執行人“罰怒人”。他人は俺を公務員殺しと呼ぶ。ただの“悪党”だ」
――公務員スレイヤー。
聞いたこと、いや、見たことがある。
テレビのニュースや新聞で、じゃない。
ネットの片隅で、だ。
アングラな、ソース不明の怪しげな口コミ情報。そんなところで、だ。
あまりにも眉唾な上、今の社会制度を完全に愚弄している禁忌の存在ゆえ、マスコミでは決して取り上げられない都市伝説。SNSで話題にする事さえ出来ない、不謹慎極まりない噂。
もし、本当に存在していたのであれば、それは意図的に隠された事実。
併し、そんな陰謀めいた話など、本当に存在しているのだろうか。
この侵入者が、単にその噂を語っているだけなのではないだろうか。
「なぜ?」
思わず、そう、訊ねていた。
歩みを止め、ほんの少しだけ目線をこちらに向け、
「なぜ?なぜ、とは?」
「なぜ、こんな大それた事を?わずかばかりの金を奪う為、ここ迄の事をしたんですか?」
「金の為ではない。でなければ、それを君にやっていないだろう。
簡単な話だ。憎悪。復讐、だ。そこに正義や道理、理屈など微塵も無い。況して、利など、端から持ち合わせてなどおらん。
公務員、赦すまじ!公務員、死すべし!公務員、滅ぶべし!」
妙に、芯の通った言。
丸きり、嘘偽りを感じさせない吐露。
それ程、その侵入者の意思は堅牢無比。
狂人の戯言、と切って捨てるには、あまりにも思惑が明朗。
どう云い表せばいいのだろうか。
こんなにも出鱈目な言い草、噎せ返る程の憎悪感、理不尽極まりない無法者、唾棄すべき犯罪者、悍ましい殺人鬼。
――にも関わらず。
何故か、俺の心は躍っている。
厨二心を擽られたのか、逼塞感に苛まれた現状への反抗心なのか、抑圧への爽快感からなるヒーロー像を求めてなのか、將亦、非現実的な光景に気圧され平常心を失っているだけなのか、単に狂っただけなのか、俺自身にさえ分からない。
その混沌とした想いは急激に俺の心の中で肥大し、意識の濁流をなして湧き上がり、そして、それは“形”となって現れる。
聲、として――
「罰怒人さん!俺をッ、俺も連れていってくれないか!!」
「――…」
「俺をあんたの弟子にしてくれ!アシスタントでも鞄持ちでもいい。俺をあんたの仲間にしてくれ!!!」
ビックリ――
何よりも俺自身が一番、驚いている。
何故、そんな事を云ったのか。
どうして、そう思ったのか。
何故そんな事を口走ったのか、全く、説明できない。
自分の感情を、言動を、理解しようにもできず、説明どころの騒ぎではない。
偏に、気の迷いか、気が触れたのか。
「――いいだろう」
間、髪を容れず、またも驚愕。
この男、俺の提案を、訳の分からん輩の言を、すんなりと受け入れやがった。意図も容易く。
迷いもせず、疑いもせず、質問さえも投げ掛けず。
どうなってんだ――
俺は、奴は、いや、今この場所は、一体全体、どうなってやがるんだッ!
――俺が二人目の公務員スレイヤー“狩靡庵虚武”として町に現れたのは、それ程遠い未来の話ではなかった。