一殺:公務員、死すべし
209X年、日本は公務員の急増に歯止めがかからなかった!
国庫は枯れ、国体は裂け、あらゆる一般人は絶滅したかに見えた。
しかし、民間人は死滅していなかった!
――テテテテーン、デデデ、デデデ、デデデ、デデン!
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コンビニエンスストア。
それは、街のホットなステーション。
なんでも揃う現代の万屋。
Godguruの地図検索で、お呼びでもないのに表示される帝国主義の社、集金の万魔殿。
異国情緒漂う移民の出稼ぎ場。24時間、働けます。
そんな資本主義の出城にさえ、やつらは出向してきている。
それが、『公務員』。
正確には、“みなし公務員”。
どちらにせよ、搾取する者、圧倒的権力の犬、怠惰の象徴、無用の長物、画蛇添足の具象化、ヒエラルキーの頂点に与する最底辺のゴロツキ、調子に乗った悪法の使い手にして担い手、白痴の先兵、獅子身中の虫。
みなし公務員とは、正規の公務員ではないものの、職務において公務に準ずる公益性、及び、公共性を有しているものとし、或いは、公務員の職務を代行するものとして、刑法の適用について公務員としての扱いを受ける厄介者を云う。
故に、秘密保持義務が求められる上、公正妥当な職務執行を担保する為に贈収賄罪や公務員職権濫用罪等の汚職の罪、虚偽公文書作成罪、公務執行妨害罪等が適用される。
とは云え、下される条件に対して保証される恩恵は、ウルク第一王朝5代目、伝説の王ギルガメシュの宝物庫から下賜される程の巨万の富、そして、威光。
凡夫には理解し難い楽園への片道切符と法のご加護。
それは正に集金人、肥大し切ったボンボンの無心、借りた金を倍にして返すと宣う狂った博徒、知性無きライン工、実に効率的な貧民製造機、国民皆囚人世界における全能の看守にしてゴミ蟲。
偏に――民間人の“敵”。
本日も亦、巨悪の権現みなし公務員風情のコンビニ店員による、血も涙もないバーコードリーダーが、悪鬼羅刹の如き消費税を、お前の欲する商品の希望小売価格に上乗せる。無慈悲に。
ピッ――
「8,000圓天になります」
値札に記載ある小売価格の総計は『2,000圓天』。それをレジに通すと、無表情に店員は片言の日本語で、そう応える。
――消費税300%。
「……現金、で」
「お値段変わりまして、10,200圓天になります」
現取法――
『現金の受入れ、預り金及び支払い等の取締りに関する法律』。
仮想貨幣ならざる貨幣、つまり、紙幣や硬貨を用いての支払いや受領、流通、仲介、保管他に際し、100%の税率が下される。
現金の取扱を行う法人は関係各処に届け出が必要となり、同法が適用、遵守する限りにおいて金銭額の最大10%を手数料として受け取る事ができる。
「…袋もお願いします」
「はい、1枚100圓天になりますが、宜しいでしょうか?」
「……はい」
「それではお会計、10,710圓天になります」
1日分のバイト料の、その大半が消し飛ぶ極大火炎級の税制度。
ボロボロの長財布から一万圓天紙幣を1枚、千圓天紙幣を1枚、10圓天硬貨を1枚それぞれ取り出し、釣り銭受けに置く。
店員は徐に白手を着け、現金を摘まみ上げ、紙幣と硬貨をレジの投入口に流し込み、間もなくして出金口から出てきた300圓天を受け皿に載せる。
明煌のサイフの中身は二千圓天紙幣が1枚と僅かな小銭のみ。
明日もまた、日払いの仕事に就かざるを得ない。
客のいないレジ前でサイフの中身を見ながら、暫く考え事。
コンビニ店員は何一つ態度は変えないものの、さっさとレジ前から消え失せろ、と無言の圧力を発している。
無論、明煌にはそれが分かっている。
併し、それでも考え込んでしまう、それ程の日常、それ程の苦行。
偏に、民間人であるが故の苦悩。
一度嵌まると逃れられない負のスパイラル。
堕ちる、のではなく、雁字搦めにされる、という表現が、凡そ、正しいのではないだろうか。
既に日本の経済は破綻している。
日本だけではない。先進諸国と呼ばれる国々の経済は、疾うの昔に破綻している。
経済の破綻は、金融や物流、増え続ける人口や自然災害、貿易摩擦や政治的思惑、戦争や病魔からではない。
そんなまともな経済学は20世紀の時点で終焉している。
現代における経済破綻の原因は、行き過ぎたモラルと市民活動の結果に他ならない。
ポリティカル・コレクトネスによる差別や偏見への是正は、民主主義的議席確保に大いに利用され、マイノリティを取り込み、或いは、乗っ取り、自由主義的言動を封殺、道徳善として国教のように祭り上げられ、いつしかそれは法規的な文言を伴い明記され、いつしか施行される。
要は、新たな規制の始まりである。
「お客様、他の方のご迷惑となりますので申し訳御座いませんが――チッ」
舌打ち――
片言の、独特な節回しの日本語で偏に、レジ前から退け、と店員に諭される。
勿論、後ろに客なんて並んでいない。急かされる謂われは、無い。
無人レジすら使えない、使える権限もない俺如きを相手に、時間を費やすだけ無駄。それは分かっている。
ただ――
少しくらい悲嘆に暮れたっていいじゃないか。
俺だって――
――人間、なんだ!
ガシャン!!!
高らかに耳を劈く乾いた音。
入り口の自動ドアが粉々に砕け散る。
舞い散るガラス片がLEDライトに照らされ、ジルコンのように乱反射。
――パスッ、パスッ、パスッ!
くぐもった発砲音に続き、天井各処に設置されていた防犯カメラが潰される。
招かれざる客の仕業。
奇妙な覆面に和装の風体。
馬手に打刀、弓手に短筒。
コンビニ強盗?
テロリスト?
サムライ?
ニンジャ?
――い、一体……
何なんだ、アレは!?
何事!?
「公務員、死すべし!!!」
――斬ッ!!!!!