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「ここが冒険者ギルドです。私も来るのは随分と久しぶりですが」
こいつの久しぶりはどのくらいになるんだろう、1世紀前だろうか、などと考えているうちに、リリィはためらう素振りもなく建物に入ってしまった。慌ててそれに続く。
広い内部には木製のベンチが並べられている。正面奥は受付カウンターのようになっており、どことなく役所や銀行を思わせる。
街と同じくかなり混雑しているが、種族としては、ヒトが7割、その他が1割ずつといったところだろうか。すぐにでも戦闘に行くのか、あるいは行ってきたのか、武装している者も多く、俺と似たような軽装もないではないが、ほとんどは装備の一部、あるいは全てを金属製品にしているようだ。不安は募るが、リリィの両親を信じるほかない。
ちなみに、リリィのような服装をしている者は絶無である。このファンタジー世界にあっても異様なのだろうか。
「まずは、手頃な仕事が無いか探しましょう」
リリィはしばらくあたりを見回すと、大きな掲示板に向かって歩き出した。その後ろに付いて歩くが、すれ違う人のほとんどが俺達に目を向けるようで、どうにも居心地が良くない。
掲示板の前も人々が入れ代わり立ち代わり、大いに混雑しているが、何とか二人並んで立つ。
掲示板には大量の紙が貼り付けられており、紙上には謎の文字が並んでいる。本来なら読む方向すらわからないだろうが、翻訳魔法の影響だろう、問題なく理解が出来る。魔物や野生動物の討伐、人の護衛や物品の配達、その他雑用としか思えない依頼や、パーティメンバー募集らしい内容のものまである。思った程迷宮に関係するものは多くはないようだ。
「あれが丁度いいでしょう」
リリィが指差す紙を見ると、『迷宮の巨鼠を1体討伐ごとに金30、詳細は当ギルド受付まで』とある。
金そのものが通貨として使われているのだろうか。他の依頼の報酬を見ると、雑用のような仕事でも金10はあるようだ。
「迷宮の浅い階層には魔物化した野生動物も多いのですが、巨鼠もその類です。迷宮の中では最弱クラスの存在ですが、数が多く、迷宮外に出てくることもあるので、このような依頼があるのでしょう」
「金30ってのはどれくらいのものなんだ?」
「治癒薬1つが金100くらいだったはずですが。すみません。長く自給自足で暮らしていたのもあって、お金には疎いのです」
リリィが軽く頭を下げる。その時、俺達のすぐ後ろから快活な声が響いた。
「アンタら、とんでもない山奥から出て来たみたいだな」
声に振り返ると、燃えるような赤髪の男が笑みを浮かべて立っていた。まさに勇者のような堂々たる美丈夫だ。防具は無いが、腰に短剣を差している。
「まあ、そんなところです。良ければこの辺りの物価について教えてもらえませんか?」
尋ねる俺に、赤髪は鷹揚に笑って頷く。
「そんなかしこまった話し方はしなくていいさ。ここじゃ邪魔になるからな。向こうに行って話そう」
掲示板を離れて歩き出した赤髪に続く。何故かリリィは俺の背後に隠れるように付いてきた。
「ここならいいだろう。俺の名はバーン。1年程この島に滞在している」
リリィは俺の背に隠れたまま、返事をする様子もない。人見知りか。
「俺はヒロ。こっちがリリィだ」
バーンは特に気にした様子もなく頷く。
「よろしく。さて、この辺りの物価だったか。まずは食い物だな。冒険者向けの安食堂なら金10もあれば腹一杯食べられるだろう。次に宿代だ。冒険者向けでもピンキリだが、まぁ70もあればそこそこの所に泊まれるはずだ。一日100も稼げば、それなりに暮らしていけるってわけだな」
衣食住については心配ないだろうが、1日の生活費が巨鼠4体討伐で賄えるらしい。割に合うのかはさっぱり分からないが。
「ここまでが、とりあえずの生活に必要なところだな。ま、大抵の冒険者はそれで精一杯なのか、迷宮にも潜らず、安全な依頼をこなしてはその日暮らしを続けてるわけだ」
バーンは嘆かわしいと言わんばかりに首を振る。
「で、特に戦闘に必要な道具や装備についてだが、治癒薬や解毒剤の類が100、魔法の効果を得られる魔巻が1000から10000ってところか」
魔巻か、それがあれば俺でも魔法が使えるのだろうか。相当な高級品のようだが。
「武器や防具も安いもので100、最高級品ともなれば10000ってところだな。性能や耐久力も値段に応じるが、所詮消耗品だからな。金は幾らあっても足りないわけだ」
リリィの言葉を信じるなら当面装備の心配もいらないだろうが、どの程度の装備に相当するのだろう。
「ありがとう。大体分かった」
バーンは笑って首を振った。
「気にするな。黒髪黒瞳にその得物。見たところサムライのようだからな。話してみたかっただけだ。俺からも聞いていいか?」
「俺に答えられることであれば」
「この島には何の目的があって来た? サムライなら大陸でも充分な食い扶持があるだろう?」
来たくて来たわけではない。むしろ、この島、この世界から離れるのが目的だ。そのためには。
「この島の迷宮踏破、だな」
バーンが声を上げて笑い、深く頷く。
「聞くまでもなかったか。それにしても随分自信があるようだな?」
苦笑を返す。やはりそう見えるらしい。少なくとも俺には自信など全く無いが。
「ま、そう言う俺も目的は同じだ。お互い頑張ろうか」
頷いた俺に、バーンは笑みを返して振り返ると、軽く右手を挙げてギルドを出ていった。ここでの用事は済んでいたのだろうか。
バーンの姿が見えなくなると、リリィが俺の前に立った。
「相当の実力者のようですね」
確かに、立ち居振る舞いからそう感じさせるものがあった。1年滞在していると言っていたが、どの程度進んでいるのだろうか。
「それでは受付に行きましょう」
頷いて、受付の前まで歩く。窓口は幾つかあるようだが、その多くは既に使用されている。空いている窓口の前に立つが、気付くとリリィはまたも俺の背後に隠れるように佇んでいる。
「ご用件は何でしょうか」
受付に座っている女性が声を掛けてきた。栗色の髪は綺麗に切りそろえられ、表情も固く、いかにも生真面目な受付嬢といった雰囲気だが、俺とそう変わらない年齢のようにも見える。
「巨鼠の討伐について話を聞かせてください」
「分かりました。その依頼は当ギルドからのものです。迷宮入口に当ギルドから派遣している番兵が立っていますので、巨鼠の全身、もしくは頭部を渡してください。翌日以降、当ギルドで報酬をお支払いします。冒険者登録はされていますか?」
事務的に言う受付嬢に首を振る。
「それでは、こちらをお持ち下さい。迷宮へ入場する際に提示が必要です」
差し出された革の認識票らしき物を受け取る。元の世界での『6865726F』に相当するらしい文字と数字の組み合わせが刻印され、革紐が通されている。手首にでも巻いておくか。
「お名前は?」
「ヒロです」
受付嬢は手元の帳面に何かを書き付けるとすぐに顔を上げた。スペルについて突っ込まれなくて何よりだ。
「お連れの方も未登録でしょうか?」
背後のリリィが頷くと、受付嬢が認識票を差し出した。『6865726G』と書かれたそれを受け取ってリリィに渡し、受付嬢に名前を伝える。
「他にご用件は?」
「いや、それだけです。ありがとう」
その場を離れようとすると、受付嬢はやや小声で呼び止めてきた。先程までの事務的な響きはなく、不安気な表情を見せる。恐らくこちらが素なのだろう。
「あの、本当に迷宮に行くんですか? お二人ともヒトですよね? 特にお連れの方はすごく若いようですけど」
出来れば行きたくはない。苦笑しつつ答える。
「まあ、止むに止まれぬ事情があって」
「そうですか。どうか気を付けてくださいね。たとえ1階層でも、他で実績のある冒険者の方が大怪我や命を落とすこともあるほど、あの迷宮は本当に危険ですから」
心配そうに言う受付嬢に頷いた時、その奥から地響きが立ち、受付嬢は慌てたように姿勢を正した。同時に、複数の香水が大量に混ぜられたような、強烈かつ凶悪な匂いが届く。
地響きの主は受付嬢の隣に立った。年齢のいった、ヒトかも怪しまれるほど恰幅のよい女性だ。お局といったところだろうか。
お局は俺の背後を一睨すると、受付嬢を見下ろしながらドスの利いただみ声を響かせる。
「お前は知らないようだが、その女は穢血の魔女ってハーフエルフさ。見掛けこそ小娘だが、心配する必要などないね。いっそ消えてくれたほうがありがたいってもんだ」
敵意すら感じさせる言葉に、受付嬢が困惑した表情でお局とリリィを見る。服装はともかく、このお局も相当に魔女っぽいが。
「それにしても、随分とまぁ可愛らしい坊やを連れているじゃないか。大方邪悪な魔法で手懐けたんだろうが、もったいないねえ」
唐突に猫撫で声を出したかと思うと、身を乗り出してやたらに熱っぽい視線を俺に向ける。あ、吐きそう。
「全く、本当にくたばった方が世界のためだね」
お局の睨みに、さすがのリリィも小さな体を更に小さくして俺の背後に完全に隠れる。可哀想になってきたので、ここから離れよう。というか俺が離れたい。
「それじゃ、用件は済んだので、俺達はこれで」
回れ右してリリィも振り向かせると、逃げるようにギルドを後にした。背後から怒号が飛んでくる。
「坊や、さっさとその汚らわしい魔女から離れるんだよ!」
それが出来れば苦労はない。ギルドを離れ、ため息をつく。
「さあ、それでは迷宮に向かいましょう」
平静を装うリリィだが、さすがに声に力がない気がする。同情心が湧いてきた。
迷宮へと向かう途中、ある建物の前でリリィが足を止めた。冒険者ギルド程ではないが、中々立派な造りで、扉の上の看板にはボッタクル商店とある。店主の名だろうか。ひどい偶然だ。
「ここでは冒険者向けの様々な品を扱っています。お金が出来たら来ましょう」
リリィは店の横に大量に積まれていた麻袋を一枚手に取ると、俺に手渡した。
「巨鼠の死体袋として使わせてもらいましょう」
同情心は霧散した。




