表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

2

 リリィが何やら様々な物を抱えて部屋に戻ってきた。部屋の中央まで歩くと、抱えていた物を床に広げる。服だけでなく、革の胸当てのような物や、鞘に収められた剣らしき物も見える。

「冒険者だった父の使っていた服と装備です。私の着ている物もそうですが、強力な魔術師である母の魔法により強化されているので普通の物より高性能な筈です。今の私ではここまでの魔法は使えないので、その曲刀の手入れが出来ないのであれば、ここにある物を使ったほうが良いかも知れません」

 ロングソード+1みたいなことだろうか。確かにこの刀で戦闘はしたくない、というか恐らく耐えられないのでありがたい限りだ。

「そういえば、リリィの家族はどこにいるんだ?」

 リリィが軽くため息をつき、遠い目をする。

「随分前に父が亡くなり、母はそれからしばらくしてこの家を出ていきました。今は何をしていることか」

 見た目に似合わない表情が気になった。

「お前の年齢は幾つなんだ?」

「150歳です。ハーフエルフの寿命についてはよく分かっていないのですが、人間並みのことも、エルフ並みのこともあるようです」

 魔女っ子ではなく立派な魔女だったようだ。外見に反して妙に落ち着いているのも納得できる。

 だが、そもそもこの世界での時間はどうなっているのかを考えていなかった。いや、待てよ。10進数かも怪しい。四則演算は分かるだろうか。

「7足す5は幾つだ?」

 リリィが訝しげな表情を浮かべる。

「12です」

 翻訳魔法の影響かも知れないが、数字の扱いに困ることはなさそうだ。

「この世界の時間の単位はどうなっている? 簡単に教えてくれ」

 リリィが少し考える素振りを見せた。

「そうですね。大きい単位から、年月日時分秒としています。ミドラスで一般的なものは、太陽を基準として1日を定め、1年を365日、月を基準として1月をおおよそ30日としているものです。他に週という単位もあるのですが、この辺りではほとんど使われていません」

 薄ら寒いものを覚える。少なくとも太陽と月に相当するものはあるようだ。

「1日を24等分したものが時、時を60等分して分、更に60等分して秒、と」

 リリィが頷く。

「で、1秒はこれくらいか?」

 1秒ごとに鞘を指で叩く。数回繰り返したところでリリィが再び頷いた。都合よく出来すぎているが、深く気にしないでおこう。魔法のお陰で適当に解釈されているのかも知れないしな。

「他に聞きたいことはありますか?」

 聞きたいことは尽きないが、まずは外に出たい。首を振って返す。

「それでは、私は部屋の外で待っているので、支度を済ませてください。サイズが合うと良いのですが」

 リリィは再び部屋を出ていった。

 手早く着替えを済ませる。服は飾り気のない襟無しの長袖シャツとパンツで、どちらも麻のように見える。続いて革のブーツを履く。くたびれてはいるが、質の良さそうな革だ。幸運にも服もブーツも丁度良いサイズで、着心地も悪くはない。

 革の鞘に収められている剣を手に取る。普段使う刀よりやや短く幅はかなり広いが、重さは大差ないようだ。鞘から抜き放つ。鉈のような片刃の剣だ。切っ先もあるが、突きには不向きだろう。刃こぼれや錆もなく、丁寧に手入れされているようにも見えるが、それも魔法によるものだろうか。柄を両手で握り、軽く振ってみる。意外と違和感はない。これなら使えそうだ。鞘に収め、刀と一緒に腰に下げる。いびつな二本差しになってしまった。重いが、刀を置いて行きたくはない。武士の魂、というわけではないが、元の世界との唯一の繋がりのように思える。

 後に残ったのは革の胸当て、革の手袋、それと鉄板の仕込まれた細長い布。まさか、鉢金だろうか。軽装にも程がある。一応それらを身につけるが、やはり防具としては心許ない。

 道着と袴を持って部屋から出る。伸びた廊下の左右に部屋が並んだ構造のようだ。扉のすぐ横にリリィが立っていて、不思議な表情で俺を見たまましばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「サイズも合ったようですね。お似合いです」

 リリィが言いながら手を差し出す。

「着ていた物は私が仕舞っておきます」

 道着と袴を渡すと、並んだ部屋の1つに入り、すぐに戻ってきた。

「他に防具は無いのか? いくら何でも軽装過ぎる気がするんだが」

「先程も言ったように魔力によって強化されているので、ある程度の攻撃には耐えられるはずです。後にも先にもいない、迷宮5階層まで進んだ父の装備です。間違いはないでしょう」

 迷宮にどれだけの脅威があるのかは見当もつかないが、リリィの両親は相当な実力者だったようだ。本人の妙な自信もその辺が関係しているのかも知れない。

 だが、ヒトであるらしいリリィの父親が現役だったのは、どう見積もっても100年以上は前だろう。それだけの時間が経っても迷宮の探索が進まないのだろうか。ますます気が重くなってきた。

「装備が強化されているのは分かったが、頭なんかはほとんど守られていないぞ?」

 リリィが不敵に笑う。

「防具に守られていない箇所を叩いてみてください」

 言われるまま、拳で軽く頭を打つ。手にも頭にも硬い感触が伝わるが、痛みも衝撃も無い。殴る強さを段々と強くして繰り返したが、結果は変わらなかった。

「装備者を包むように結界が形成されているのです。迷宮でも1階層の魔物程度の攻撃であれば完全に防げるでしょう」

 リリィは自慢げに言う。やはり魔物も存在するようだが、装備は想像以上に強化された物らしい。

 それにしても、さっき俺が尋ねなければ、これらの装備無しに迷宮に行くところだったのだろうか。危うく死ぬところだった。そういえば、あのゲームでは死んでも蘇生する方法が幾つかあったが、この世界にもあるのだろうか。

「この世界には、死から蘇る魔法なんかはあるのか?」

「様々な国が国家単位で長年研究しているようですが、成功したとは聞いていません」

 この世界でも死ねばそれまでのようだ。もし生き返れるとしてもそれはそれで複雑であるが。とにかく、命は大事にしよう。

「さあ、それでは行きましょう。これを身に着けてください」

 リリィの差し出すウエストポーチ状の革の鞄を受け取って右の腰に着ける。中には革の水筒らしきものと、毒々しい程に赤い液体の入った小瓶が幾つか収められている。

「私は回復魔法は苦手なので、傷を負った場合はアイテムに頼ることになるでしょう。治癒薬(マジックポーション)はそれで全てですが、補充するためのお金も無いので、まずは冒険者ギルドで仕事を請けましょう。迷宮に関わる仕事もあるはずなので、一石二鳥です」

 一石二鳥。翻訳魔法に関しては最早何も言うまい。

 ともあれ、右も左も分からない俺は頷くしかない。金が大事なのはどこの世界も変わらないようだ。

 歩き出したリリィに続いて、廊下の突き当りの扉から家の外に出た。日はまだ高く、夏を思わせる陽気だ。日本と同じ季節、同じ時季なのだろうか。

 周囲は森に囲まれているらしい。振り返って見ると、レンガ造りの家に小さな畑が隣接している。中々絵になる光景だ。

「さあ、行きましょう」

 正面の森の手前で振り返ったリリィに近付く。

 密生した広葉樹が日を浴びて青々と輝いている。植物の知識があればこの世界について何らかの知見が得られたかも知れない。

「ここから冒険者ギルドまでは結構距離があるのか?」

「距離自体はそれほどでもありませんが、森全体に私の家に辿り着けないように魔法がかけられています。もちろん、ヒロには影響しないようにしていますが」

 迷いの森、か。

 歩き出したリリィに続いて木漏れ日が差し込む森を歩く。非常に静かで、空気も澄んでいる感じがする。こんな状況でなければ相当に気分良く歩けただろう。

 ほんの数分、ただ真っすぐ歩いただけで森の外に出た。小高い丘の上にあったようで、眼下には草原が広がっている。遠く前方には中々の規模の街が見え、そこに続く道が丘のすぐ近くを通っている。

「あそこがこの島の中心です。迷宮の入口の近くに様々な施設や人が集まって、街を形成しています」

 迷宮を中心に発展したというわけか。ある意味では観光資源化しているのかも知れない。

 背の低い草に覆われた緩やかな丘を下り、街に続く道を歩く。

 舗装をされていない道の上は、時折馬車が通るくらいでそれほど通行量は多くないようだ。やはりというべきか、元の世界の馬との違いは分からない。

「街には冒険者が大勢居ます。お世辞にも上品とは言えない者がほとんどなので注意してください。特に、リルフットにはなるべく近寄らないようにしてください。身に着けている物を盗むことすらあるそうです」

 治安はよろしくないようだ。気を付けるとしよう。

「それと、ヒロがこの世界の者でないと言うことは隠しておきましょう」

 元よりそのつもりだ。この世界の常識は分からないが、元の世界でそんなことを大真面目に言う人間は病院送りだろう。

 そのまま歩き続け、街に入る。石畳と石造りの建物。いかにもといった雰囲気だ。街全体がかなり賑わっているようで、多くの人が忙しそうに歩き回っており、ヒト以外の種族の姿も見える。耳の尖った美形、短躯の髭面、大きな目と耳の小人。実際に目にしたファンタジーの住人に感動を覚える。

 迷う様子もなく歩を進めるリリィに付いて一段と賑やかな通りに出た。多くの露店が並んだ通りには人が溢れかえっており、歩くのにも難儀するほどだ。これではスリも横行しよう。警戒しながらリリィに続く。

 通りの先は広場になっているようで、その中央には時計塔らしきものが見えた。盤面に文字はないが、12方向に線が引かれ、短針と長針が見える。秒針の省かれた元の世界の物と同じようだ。2時を僅かに過ぎた時間を指している。日の高さからして、恐らく読み方も基準とする時間もそう変わらないのだろう。

 通りを広場に向かって歩き、リリィはその手前、一際大きな建物の前で振り返った。大きな木製の扉は開かれたままとなっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ