魔王にうっかり目をつけられために攫われた姫君の話 その後
夢うつつの中でその物語は紡がれていく。
わたくしの髪をもて遊びながらその誰かはどこか遠くの人に語りかけるように言葉を紡いでいく。
遠い遠い、今はもう、覚えている存在も少ない昔話を。
登場人物は三人の兄弟。
一番目は強大な力と長い長い寿命そして破天荒な性格を持ち、変わらない強さを持っていた。
三番目は百年たらすしかない寿命を持ちながらも成長と変化を内包し変われる強さを持っていた。。
二人は母親からそれぞれ領地を与えられ、妻を娶り、互いに協力し、時にぶつかりながらも暮らしていた。
平和と騒乱。
繰り返し繰り返し失敗し、挫折し、それでも生きて命をつないでそしてつながり世界に広がっていく二つの始まりの命。
さて、最後に残った二番目の兄弟。
彼こそこの昔語りの主人公。
彼は一番目と同じ強い力と長い長い寿命を持ち、三番目と同じように変化という強さも持っていた。
だが、彼は無知で無垢だった。その姿は母親である女神と同じ姿をもつ兄弟達とは似ても似つかない醜悪なもの。
吐き出す息は毒となり空気を汚し、触れるものは時間をかけて腐り堕ちていった。
二番目は何も知らなかった。生まれたときからずっと身を潜め、誰とも会わずに世界の果てに篭っていた彼は兄弟達にも母親にも会ったことがなかった。
ほんのわずかに彼の毒に対応した動植物たちだけが彼の世界にあるもの。
寂しくはなかった。
一人が当たり前だったから。
恨んでなんてなかった。
そんな感情なんて知らなかったから。
家族も仲間も伴侶も何も与えられなかった二番目はただただそれが当たり前だと思っていた。
だからこそ…………悲劇は起きた。
遠く近く。
語られる物語。
その先を聞く前にわたくしの意識は再び眠りへと落ちていった。
闇の中で一人の女性が泣いている。
泣いていてもなお、美しい女性だった。
ぽろぽろと零れ落ちていく涙は彼女が胸に抱える光の半分に落ちて消えた。
ごめんなさい…………。
声のない声。
届ける相手のない謝罪。
それでも繰り返し繰り返し女性は「ごめんなさい」を繰り返す。
ごめんなさい。ごめんなさい。
狂ったように謝罪を続ける女性の言葉はだけど受け取るものもなく虚空に消えていくだけだった。
やさしい手が髪をすいていく。わたくしは悲しくてただ、泣くしかなかった。