表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死体蹴りが必要になった社会  作者: ごんの者
1章 【死体蹴りが必要になった社会】
3/29

第2話「紅でも白でも中身は黒」

 俺は凝り固まった肩をほぐすため、ひとつぐーっと伸びをした。近くのベンチに腰を下ろし、先程のことを思い出す。


「スキャンダルな葬式になっちまったな」


 浩介さんを倒した後の葬儀場の空気は、いたたまれないなんてものではなかった。由佳子さんに同情するつもりもないが、ご愁傷様とだけ伝えておこう。


 可憐が隣に腰をかけ、ジトーっとした目で俺を見る。


「でも浮気はダメだよね。隼人くんも今回の件で身に染みて分かったでしょ?」


 少しだけ棘を含んだ彼女の声。まるで俺が浮気の常習犯のような口振りだが、そんな前科も記憶もない。ただ、少しだけ居心地の悪さを感じたので、咄嗟に話を変えてみる。


「――今回の教訓は、浮気と棺桶を蹴り飛ばすのは駄目だってことだな。IEAに報告を入れる時、また小言を言われるぞ」


 レヴェナントと対峙するときは、極力周りに被害を及ぼさないよう、IEAからきつく言われている。棺桶なんて、安くても三十万は下らない。


「相変わらずIEAも融通がきかないよね。こっちだって命張ってるんだから、多少のことには目を瞑ってくれればいいのに……!」


 IEA――International Emberming Association――とは、国際エンバーミング協会のことで、俺たちエンバーマーの総本山に当たる。48年前にレヴェナント研究の第一人者であるイギリス人科学者マルティス・ヴァン・レイチェルが中心となって作られた、国連直属の組織だ。


「まあ、数少ないエンバーマーの評判を落としたくないんだろ?」


 エンバーマーは命の危険が伴う職種なので、給料が高く、福利厚生も充実している。

 その反面、ハードな仕事内容と高難度の資格試験によって、慢性的な人員不足に陥っているのだ。


「人が足りないなら、取り敢えず大勢雇っちゃえばいいんじゃないの?」

「昔、資格試験の難易度を下げて、大量採用したらしいぞ」

「そうなの? でも、未だに人員不足だよ?」

「――雇ったほとんどの人が、一年で離職、若しくは殉職したそうだ」


 それを聞き、可憐は察したような表情を浮かべた。

 離職はともかく、殉職なんて目も当てられない。なにしろ、その遺体がレヴェナントになる可能性があるからだ。まさにミイラ取りがミイラになってしまう。


「私たちは常に人員不足。でも死人は毎日雇われていくんだよ? エンバーマーの数が増やせないなら、もっとみんなが長生きしてよ。シルバーシートは空いてるよ!」

 

 そう言って、座ってるベンチをポンポンする可憐。その色は偶然にも灰色だ。

 すると、まるで吸い寄せられたかのように一人のお爺さんがやって来た。


「すまんが、席を譲ってくれんかのう?」

「ここは二人用なので、あちらのベンチはどうですか?」


 ――シルバーシート、空いていないじゃないか……


 まあただでさえ激務の仕事に、人員不足まで付き纏う。詰まるところ、俺たちの仕事はブラックなのだ。


 特に真っ黒なのが労働時間だ。


 IEAに死亡届が届けられると、届出人は二つの選択を迫られる。


 一つは、遺体を『終末の棺(しゅうまつのひつぎ)』に入れてしまうこと。

 『終末の棺(しゅうまつのひつぎ)』とは、中からはまず破ることのできない遺体専用の収容施設のことだ。

 レヴェナントは40日が経過すると再び屍にもどる。だから、遺体がレヴェナントになる可能性のある二週間+40日の最大54日間。そこに閉じ込めたままにするのだ。


 もう一つが、今回のようにエンバーマーを派遣して遺体を二週間監視させること。遺体がレヴェナント化する可能性があるのは、死後二週間。もちろん起きない場合だってある。

 そんな長時間の監視になるため、エンバーマーは二人体制で現場に派遣されることが多い。


 二週間、つまり336時間だ。不眠不休というわけではないが、過労で殉職してしまってもおかしくはない。



「でも今回は助かったね。レヴェナント化が深夜に起きたりしたら、大変だったもん」


 可憐は、お葬式で貰った紅白饅頭の包みを開けている。


「そうだな。でも起きてるのにアラーム電流を流すのはやめてほしいんだけどな……」


 監視する遺体には、IEA製の脈拍計がつけられている。

 遺体がレヴェナント化するとき、その心臓は再び脈を刻み始める。それを脈拍計が感知すると、エンバーマーがつけているリストバンドにアラーム用の電流が流れるのだ。


「なんか人間が最も目覚めやすい、かつ痛みが少ない電圧に設定されてるとか聞いたけど、普通に痛いよね……」


 エンバーマーといえども、常に遺体を監視できるわけではない。そこで、レヴェナント化を知らせるために、アラーム用の電流を流すのだ。


「でも、前に組んだエンバーマーはアラーム用の電流を浴びて恍惚の表情を浮かべてたな……」


 紅白饅頭を食べていた可憐の手がぴたっと止まる。まるで可憐にも電流が流れたように見えた。


「――隼人くんはそういうプレイを女の子と楽しんでいたんだね?」


 いや、どういうプレイだよ。二人とも電流を浴びて楽しむプレイって、性癖が歪みすぎてるだろ。

 ――いや、あの娘は大分歪んでいたけど。


「俺はあの電流は普通に痛いと思ってるし、そこに気持ちよさを感じちゃいない!」


 何を疑われているのか分からないが、間違いなく俺は白だ。それを示すために、紅白饅頭の白い方を可憐に向ける。

 だが、可憐はプイッとそっぽを向いてしまった。


「可憐、見てくれ! 紅白饅頭の白だ!」

「でも中身は黒だよ」


 そんなやり取りをしていると、不意に通信機が鳴り出した。


 エンバーマーは、独自の通信機を用いて連絡を取り合う。

 仕事が来た時には、「必殺仕事人のテーマ」が流れる。選曲したのはうちの支部長だ。

 そして、緊急招集の際には別の着信メロディが設定されている。


 緊急招集がかけられるのは、主にノーマークのレヴェナントが現れたときだ。

 死亡届を出していなかった、死亡直後に即レヴェナント化した、そもそも遺体が見つからなかった――原因は様々だが、エンバーマーが把握できていない遺体が、レヴェナント化したケースがこれに当たる。

 そうした場合、近くのエンバーマーが緊急招集されるのだ。


 その着信メロディが、


『〜〜〜♪ 〜〜〜♪ 〜〜〜♪ 〜〜〜♪』


 ――今この通信機から流れている「天国と地獄」という曲である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ