第23話「一般人Aと死刑囚A」
天路さんとの任務を終えた翌日のことだ。
俺は都心から離れたとある建物――その面会室に足を運んでいた。
扉の近くで気怠げな表情を浮かべている刑務官に軽く会釈をして、大きなアクリルの向こう側に声を投げかける。
「……お元気ですか?」
俺の問いかけに、お目当ての男が口元を歪ませてニヤリと笑った。
ガラス越しの男の顔には、大きな隈が浮かんでいて、口髭は無造作に伸ばされている。やつれた風貌ながらその瞳孔はギラついており、不自然な存在感を醸し出していた。
「記憶にねえ顔だな。はじめまして、か?」
頭の芯に絡みつく低い声。ガラス越しでも異様な圧を感じてしまう。
「はじめまして、ではないですね。五、六回は顔を合わせていますから」
男は顎に手をやって食い入るようにこちらを見つめた。目の前の男と照合する人物を記憶の中から探しているのだろうか。
「……まさか、同じ中学の冨士原くんか? 図書館の本棚にエロ本を隠すという大胆さで一世を風靡した……」
「――いや、人違いですね。そんな大胆な隠し方はしたことがないので」
どうやら男の照合は失敗に終わったようだ。とはいえ成功した試しもないのだが。
会うたびに増えていく冨士原くんの武勇伝の数々を思い出しながら、何度目かの自己紹介をする。
「エンバーマーの久遠です。今日もカウンセリングに伺いました」
死刑囚――この社会においてそれは、剥き出しになった地雷のような存在だ。
レヴェナントが現れるようになって、度々論議の的とされてきたのが死刑制度である。
大罪を犯した極悪人を裁くために、その命を奪う。そこには、レヴェナントを生み出す危険性が常に付きまとう。
特に死刑を宣告されるような犯罪者は、常人とはかけ離れた思想を持っていることが多い。そんな人間がレヴェナント化した場合、それはかなりの脅威になり得る。
現在では、エンバーマーの監視の下、密室で刑を執行されることが主になっているが、それでもそこから抜け出してしまうことがある。
強すぎる思想を前世で抱いていたレヴェナントは、一線を画した力と凶暴性を持っていることが多いのだ。
だから、エンバーマーは死刑囚にカウンセリングという名の情報収集をする。
言うなれば、これは戦う前の情報戦だ。
『死人と戦うには、先ず生者を知れ』
これはレヴェナントと対峙する上での大原則である。彼らがどんな考えを持っていて、どんな過去を背負っていて、どんなモノに執着しているのか。それらを知るだけで、戦いは有利に進められる。
だが、目の前の死刑囚――方丈 伽藍は決して己については語らない。
「エンバーマーの久遠ね……。――悪いな、もう忘れちまったから一般人Aと呼んでもいいか?」
「……別に構いませんよ。ただそれでは不公平なので、僕もあなたのことを死刑囚Aと呼ばせて下さい」
死刑囚Aは眉を少し上げて、楽しそうに口元を緩ませた。
面会の時間は20分だ。あまり無駄にはできない。
「死刑囚Aさん。あなたが今までで一番記憶に残っていることはなんですか?」
「そうだな……。図書委員に隠したエロ本を見つけられた冨士原くんが、これは図書館側が発注したの一点張りで通したことかな。あんな見苦しい姿を見たのは、後にも先にもあの時だけだな」
このくだりを聞かされたのは、これで三回目になる。冨士原くんの往生際の悪さには、もううんざりなのだ。
「たしかに冨士原くんの見苦しさには目が余ります。だけど死刑囚Aさんも大概ですよ」
死刑囚Aの瞳孔がゆらりと俺を捉える。久遠隼人という人間の価値を見極めようとしている。
ここが正念場だろう。いつまでも一般人Aでは物語なんて動かないのだ。
「ご存知かと思いますが、カウンセリングなんて表面上の言葉に過ぎません。その実態は戦う前の情報収集です」
死刑囚Aがわざとらしく首を傾げる。
「俺がレヴェナントになったとしても、相手をしてくれるのは上級エンバーマーだろ? 資格のない一般人Aにグダグダと語ったところでそれが活かされるとは思えねえな」
――ああ、そうだ。初めの自己紹介から間違っているのだ。今日の俺はエンバーマーとして訪ねたわけではなく、この死刑囚の関係者として面会にやって来た。
死刑囚のカウンセリングは上級エンバーマーの職務に当たり、もちろん俺にその資格はない。
「半年後、俺は上級エンバーマーになっています」
「なる必要なんてないと思うがな。あまり給料も良くねえぞ」
「……いつまでも一般人Aと死刑囚Aの関係じゃ物語が動かないじゃないですか」
方丈 伽藍はいまいち読めない曖昧な表情を浮かべ、静かに呟く。
「……動かす必要もないんじゃねえか?」
扉の側で怠そうにしていた刑務官が、面談時間の終わりを告げにやって来た。
それを聞いた方丈伽藍はひらひらと手を振る。
「まあ、以前よりかは記憶に残る人間になったな。一般人Bに格上げしてやるよ」
果たして、それは格上げなのだろうか。余計端役に追いやられた気がするが、ランクアップはランクアップだ。
「もし一般人Zまで上がったら、次は名前で呼んでくれますか?」
「その次は、一般人aだな」
人を食ったような顔でaのマークを手で作っている死刑囚の姿。
俺は奴にも聞こえるよう大きめの声で刑務官に伝えた。
「あの人、手錠のサイズが合ってないみたいなんで、もう少し小さめのお願いできますか?」




