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死体蹴りが必要になった社会  作者: ごんの者
3章
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第22話「右手にナイフ、左手にフォーク」

「隼人さまは、お休みの日は何をなさっているのですか?」


 ブロンドの長髪をハーフアップでまとめたお嬢様がそんなことを口にする。

 碧みがかった瞳の色と白磁のような肌を見ると、彼女と自分が同じ種族だとは到底思えない。


「うーん、これといって何かをしているわけじゃないかな。基本は寝てる」


 そんな0点に近い答えを聞き、彼女はまあ!と手を口元にやる。


「折角の休日をそんな過ごし方では勿体ありませんわ。今度ご一緒にお食事でもどうですか?」


 たしかにたまの休みを何もせずに終えてしまうのは勿体ないのかもしれない。

 だが、このお嬢様とお食事をするには、テーブルマナーの知識やらが足りていない気がする。


「お誘いは有り難いんだけどさ。正しいテーブルマナーとかよく分からないんだよね」

「そんなものは、これから勉強していけば良いではありませんか」

「それに変な男とお食事なんてお父さんが許さないんじゃないの?」

「むむ……」


 彼女の父親は、天路 総一郎(あまじ そういちろう)。今の日本の総理大臣だ。

 天路(あまじ)家といえば、何人もの政治家を輩出している名家中の名家である。レヴェナント現象に揺れる日本を立て直し、IEAと協力して法整備を整えたのが、彼女の曽祖父だ。彼女の祖父も後を継いで総理大臣になった後に、現在の政権に至る。

 その天路家の一人娘である天路 咲良(あまじ さくら)と食事に行くなど、あまりにも恐れ多いことなのだ。


「お父様は関係ありませんわ! 今日は、私と隼人さまのお見合いなんですから」


 お嬢様はそう仰られているが、俺と彼女を隔てているのはテーブルではなく死体なのだ。

 天路 咲良(あまじ さくら)は、エンバーマーをやっている。別に驚くことではなく、彼女の父親も政治家になる前は、エンバーマーの仕事に就いていたのだ。

 レヴェナント現象の最前線に自ら立つことで、その言葉の説得力が増す。天路総一郎の支持率の高さは、彼の経歴によるところも大きい。

 いずれは彼女も政界へ乗り出していくのだろう。


「いいえ、天路お嬢様。今日は死体の監視の仕事で我々はともにしているのです」


 俺の執事ぶった返事を聞いた天路さんは、ぷくーっと頬っぺたを膨らませる。可愛らしいことこの上ないが、この娘を侮ってはいけない。

 政治家になるため幼い頃から厳しい教育を受けてきた彼女は、人との駆け引きが非常に上手い。少しでも隙を見せてしまえば、すっかり彼女のペースに巻き込まれてしまう。

 高校生といえど、これからの日本を引っ張っていく人間なのだ。


「あなたは私の執事のつもりですか?」

「いえ、滅相もございません。テーブルマナーの一つもわからない私めが、天路お嬢様の執事など――」

「テーブルマナーを覚えたら私の執事になってくれるんですね?」


 天路さんが小悪魔の如く微笑む。――もう彼女のペースに巻き込まれてしまった。

 というか最近、天路さんとの仕事のペースも多すぎるのだ。

 彼女は東京第二支部の上級エンバーマーで、俺とは所属も身分も違う。今日だって、第一支部では同じ上級エンバーマーの可憐も暇していた。

 それなのに、招集をかけられたのは俺だった。


「……最近、仕事でペアになることが多いよね」


 それとなく探りを入れてみる。


「そうですね。95%の運命と5%の圧力ですかね」


 天路さんは照れ隠しのように顔を手で覆う。その姿もまた可愛らしいことこの上ないが、俺は確信した。

 100%圧力だ。もうペチャンコだ。


「そうなんだ……。まあ、俺も仕事してる方が楽だからいいんだけどね」


 どういうわけか天路さんからは、大層気に入られてしまっている。いや、こんな美少女なお嬢様から気に入られるなんて非常に光栄なのだが、そのバックが怖いのだ。


「まあ、頼もしい。天路家の人間はお仕事ができないとやっていけませんからね」

「――いや、久遠家の人間はニートでもやっていけると思うよ」

「私が嫁入りですか? まあ、隼人さまがおっしゃるのなら……」


 仰ってない仰ってない。そもそも久遠家なんてあってないようなものだ。こんなお嬢様を入れるわけにはいかない。

 もう完全に天路さんのペースに巻き込まれていた。だが、そんな空気を断ち切る痛みが走る。

 つけているリストバンドに電流が流れたのだ。


「……痛っ。還ってきたか!」


 俺と天路さんとの間で横たわっていた死体が、ゆっくりと起き上がる。


「天路さん……?」


 だけど、天路さんは恍惚の表情を浮かべていた。それは絶対にお嬢様がしてはいけない表情だ。

 忘れていた……。彼女がM気質なことを。


「隼人さま、ありがとうございます……」

「いや、俺が流したわけじゃないから! 二人でそういうプレイをしているみたいに言うのはやめて!?」


 日本の将来に陰りが差した気がした。

 その原因を作ったレヴェナントが、天路さんに襲いかかる。


「私たちの夜伽の邪魔をするのは、あなたですか?」


 とんだ濡れ衣を着せられたレヴェナント。

 天路さんは、太腿のホルスターからナイフとフォークを引き抜いた。

 右腿のホルスターにはナイフが、左腿のホルスターにはフォークが並べて詰められている。

 彼女は、一番外側にあるナイフとフォークをそれぞれ右手と左手に持つ。


「隼人さま、いい機会ですのでテーブルマナーも学んでください」

「並べられたナイフとフォークは外側から手に取ります。この時、ナイフは右手、フォークは左手ですよ!」


 そう言って、ナイフとフォークをレヴェナントの両目に突き刺す。

 悲鳴をあげるレヴェナントをよそに、彼女のマナー講座は続く。


「食事中は、ナイフとフォークは八の字にして置きます」


 突き刺したナイフとフォークで八の字を描くように切り裂く。

 そして、彼女は二本目のナイフとフォークを手に取る。


「一つの料理を食べ終えたら、また外側からナイフとフォークを手に取ります」


 天路さんの講座は続く。俺の助けなど必要ないだろう。

 ……これが上級エンバーマーの力か。

 レヴェナントが膝から崩れていく。彼女はその喉元にフォークとナイフを突き刺す。

 彼女の口元には、飛び散った血飛沫がついていた。


「食べ終わったあと、口元が汚れてしまったら」


 何処からともなくナプキンを取り出し、二つ折りに畳む。


「二つ折りに畳んだナプキンの内側で拭いて下さい。拭いた部分を見せないように!」


 倒れたレヴェナントの前で、お上品に口元を拭いた。


「これでテーブルマナーもばっちりなので、次のお食事には行けますよね!」


 天路お嬢様がにこりと微笑む。


「テ、テーブルマナーって難しいんだな……」


 その声はあからさまに引き攣っていた。とりあえず、食事中にナイフとフォークを振り回すのはマナー違反だろう……。

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