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死体蹴りが必要になった社会  作者: ごんの者
3章
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第21話「二つの罪」

「……久遠くん。年上キラーだとは思っていましたが、ただの節操なしだったんですね」


 絶対零度の空気の中、朝霞さんが凍てつく視線を俺に向ける。遅刻した時とは比べものにならない圧を感じる。

 俺は、カウンターに置かれたスマホに目を向ける。そこには、俺が可憐の胸を揉んだ――その動かぬ証拠が映し出されている。


「朝霞さん。確かに隼人くんは、年上キラーでもあります。でも、彼の正体は――自分の欲望のままに、か弱い女の子をキルしまくる――サイコキラーなんです!」


 俺なんかよりずっと強い可憐が、そんなことをのたまっている。

 だが、法廷においては証拠が全て。このままだと、俺はギルティ真っしぐらだ。


「……待ってくれ! 全く記憶にないが、確かに俺は可憐の胸を揉んでしまった。だが、この写真には、二つの可能性が存在している! それは、俺が可憐の胸を触った可能性と、可憐が俺の手に胸を押し付けた可能性だ!」


 そうなのだ。確かに写真では、俺が揉んでいるように見えてしまう。だが、そこに至るまでの過程があるはずだ。

 先入観で決めつけてしまいがちだが、後者の可能性だって十分に考えられる。


 そんな俺の起死回生の一手を見て、可憐はゆっくりと持ち駒を盤上に置く。

 それは、動画だった。――そこに至るまでの過程を映した。


 寝ぼけた俺が、寝返りを打ちながら、可憐の隣に流れ着く。そして、手馴れた手つきで彼女の胸を揉み始める。「もう、隼人くん? またそれ?」そんな可憐の声とともに、動画は終わった。


 そして、俺も終わった。なんか、罪が重くなるようなセリフまで聞こえた。


「久遠くん。最後に言いたいことはありますか?」


「……昨日は凄く疲れていたんです。慣れない学校、二体のレヴェナント……。朝霞さん? 許してくれませんか?」


 朝霞さんは、飴も鞭も置いていた。そして、代わりに握った木槌を鳴らした。


 ***


 午前中に有罪判決を受けた俺は、高校の校門の前にいた。

 既に今日の太陽は潰れかけ、その一生を終えようとしている。


 これ以上罪を重ねるわけにはいかないので、葉月さんと死体の隠蔽を行う。そのために、葉月さんに会いにきたのだ。


 終業ベルが鳴ると、次々と生徒たちが校門から出て行く。本来ならば、俺もこの流れの中にいるべきなのだ。少し恥ずかしくなり、被っていた帽子のつばに手をやって、顔を隠す。


「久遠くん! 待たせちゃってごめん!」


 そんな無駄な努力をしている俺のもとへ、葉月さんが小走りでやって来た。

 昨日の今日なので、まだ落ち込んでいるかと思っていたが、意外にも彼女の顔はハツラツとしていた。


「いや、むしろ急がせちゃってごめん。本来ならば、俺も教室にいるべきなんだけどね」


「ううん、久遠くんはお仕事で忙しいし、仕方ないよ。じゃあ、行こっか?」


 まるでこれからデートにでも行くような会話だが、どちらかというとデートよりもデッドを埋めに行くのだ。


 葉月さんは、二人のおじさんに手をかけてしまった。その死体は、以前行ったクラブではなく、その近くの廃ビルに隠したそうだ。

 それを「処理」しに行く。俺が一人でやるつもりだったが、葉月さんもついて行くと言って聞かなかったので、結局二人で向かうことになった。


「久遠くんはさ。なんでエンバーマーになろうと思ったの?」


 道中、葉月さんがこんな質問を投げかけてきた。


「……色々絡み合った結果だよ。でも、そうなるように決められてた気もする」


 煮え切らない答え。だが、葉月さんはなぜか納得の表情を浮かべているように見えた。


「――そうだよね。色んなことが絡み合って今の久遠くんがいるんだよね」


 ***


 俺は死体の「処理」に当たり、とあるアタッシュケースを持ってきていた。IEA製のエンバーマー専用のものだ。

 これは、エンバーマーが、個人で死体を移動する際に使われるもので、特殊な材質で作られている。この中に死体を入れると腐臭を完全にシャットアウトできるため、周囲の人間に気づかれないように移動できるのだ。

 入れ方には、"コツ"がいるのだが、とてもじゃないが葉月さんに見せられるものではない。


「ごめん、葉月さん。ちょっとだけ、席を外してくれる?」

「え、なんで……?」

「今から死体をケースに入れる。女の子にはちょっと刺激が強いから」


 そう伝えると、葉月さんは首を横に振った。そして、決意に満ちた顔ではっきりと言う。


「今日ね。久遠くんに会った時から、ずっと言おうと思ってたことがあったの。久遠くんはさ、あたしのせいで、背負う必要のない罪をかぶろうとしているよね」


 なぜ、そんな今更なことをこのタイミングで言うのだろうか。


「葉月さん? 何回も言ったと思うけどさ、俺たちはもう共犯者だから、そんなことを今更気にし――」


「うん。久遠くんは、そうなることであたしを救おうとしてくれてる。多分、今のあたしは、久遠くんに縋らないと生きていけないと思うから」


 縋らせるようにしたのは、俺だからな。

 義姉が、『ヒーロー気取りのリストカット』と称した行為。だけど、それでも生きるのを止めてしまうことよりは、断然良いと思っている。


「でもね。考えることをやめて、ただただ自分の楽な方に寄りかかってきたのが、今までのあたしなの。――だから、久遠くんには、そんな縋り方はしたくない」


 そう言って、葉月さんはもう一体の死体にナイフを入れる。


「久遠くんは、二つのアタッシュケースを持とうとしてくれてるんだよね? でも、そんなのは共犯者じゃないよ」


「あたしにも、片方持たせてほしい」


 葉月さんは、葉月さんなりに進もうとしているのか。それが前なのか、後ろなのかは分からないけど。


 葉月さんは、死体にナイフを入れようとするが、まだ硬直が残っているので、上手くいっていなかった。


「――そんなんじゃあ、いつまで経ってもケースに入らないよ」


 そう言って、俺は葉月さんの目の前でその"コツ"を見せる。

 葉月さんは少しだけ表情を強張らせたが、それでも目線を逸らさずじっと見ていた。


 俺と葉月さんは、一つずつアタッシュケースを手に持ち、廃ビルを後にする。


 葉月さんは、アタッシュケースの重さにフラフラしていた。

 我慢できずに、俺は葉月さんの手からそのケースを取り上げた。


 葉月さんは、少しだけ悲しそうな表情を浮かべたが、すぐにそれを隠す。


「今のあたしは、アタッシュケース一つも持ってあげられないんだね……」

「……かなり重いからね、仕方ないよ。それにこんな機会はもうないんだから、悔いる必要なんてない」


 葉月さんはゆっくりと首を振り、はっきりと口にした。


「あたしね。エンバーマーになろうと思う。いつか、久遠くんの隣で戦えるように」


 月明かりの下、都会のネオンの光と混じり、濁った月光が彼女を照らす。

 俺には、前にではなく後ろに進んでいこうとしているように見えてしまう。


 だけど、こんな真っ暗な社会じゃ前か後ろかも分かりやしない。なら、どっちに進んでもいいのかもしれない。


 俺は、二つのアタッシュケースの重さがずしりと肩にのしかかるのを感じていた。


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