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死体蹴りが必要になった社会  作者: ごんの者
1章 【死体蹴りが必要になった社会】
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第1話「墓場からのカミングアウト」

 読経(どきょう)の声が響き渡る室内。

 喪服姿の参列者たちが一様に座っているのを後ろから眺めていると、こっそり耳打ちをされる。


「ねえねえ、隼人(はやと)くん」


 耳元に少しのこそばゆさを感じ、顔を上げれば良く見知った少女の姿があった。

 肩先までかかった黒の長髪、凛とした顔立ちながらその瞳は少しおっとり目。

 闇の中で培養されたのかと思うほどに真っ白な肌は、黒の喪服に包まれて、ある種の神々しさすら感じさせる。

 名前は、二階堂 可憐(にかいどう かれん)

 俺と同い年の高校二年生。職業はエンバーマー。


「隼人くんってさ、お寺の住職の息子だったんだよね? だったら今読んでるお経の意味とかも分かったりするの?」


 突如試される仏力。

 厳密に言うと、息子ではなく養子なのだが、可憐が聞きたいところはそこではないので訂正はしない。

 俺は顎に手をやって流れるお経に耳を()ますも、リスニングは(おろ)かヒアリングすらままならなかった。


「うーん、全くわからん。南無阿弥陀仏のところだけ分かるから、そのフレーズがきたらサビだと思っておけば良いと思う」


 養子とはいえ、住職の息子にあるまじき発言だ。

 とはいえ、まともに住職になる修行を積んでいたら、こんな仕事には就いていないだろう。

 そして、そんな益体(やくたい)もない答えを聞かされたのに、可憐は何故かウンウンと頷く。


 コソコソそんなやり取りをしていると、お経は例のサビの部分へ。

 ルンルンしながらナムナム言ってる可憐を手で制しながら、読経(どきょう)が終わるのを見届ける。


 俺たちが参加している葬式は、遺族の自宅で行われる自宅葬。

 2日前に、この家のご主人である熊谷くまがい 浩介こうすけさんが病気で亡くなった。

 浩介さんは弁護士で、妻の由佳子(ゆかこ)さんとの夫婦仲も良好、近所で評判になるぐらいのおしどり夫婦だったそうだ。


 読経が終わり、お坊さんたちが一旦席を外す。

 俺と可憐は、参列者という立場ではなく、遺体の監視の仕事としてここに出向いている。

 後ろから式を見守る俺たちに、蔑むような視線が送られるのは毎度のことだ。


 エンバーマーという職業は、担っている役割の大きさの割に、世間の評判はすこぶる悪い。

 原因は幾つか考えられるが、一番はこの死体監視の仕事に尽きるだろう。

 身内がレヴェナントになると決めつけているかのように監視しているエンバーマーの姿。

 それは、遺族にとっては死者への冒涜に過ぎない。

 エンバーマーを陰で、死体を蹴って高い給料を貰う品性下劣な人の顔をした悪魔だのと呼んでいる人たちもいるそうだ。

 一つ訂正させてもらいたいが、俺たちは死体を蹴ったりはしない――まあ撃ったりはするんだけど。



 式は滞りなく進み、程なく喪主であり妻である由佳子さんの弔辞が始まろうとしていた。

 由佳子さんは凄く綺麗な女性だ。

 そんなことを考えていると、可憐が目敏(めざと)くそれに感づく。


「隼人くんは、ああいう女の人が好みなの……?」

「まあ綺麗な人だと思うよ。ただそれ以上にあの喪服姿が、影のある色気を出しているというか……」


 そう返すと、可憐は冷めた視線を俺に向ける。


「じゃあ、私が隼人くんを殺してお葬式で喪服を着てあげるね! それを見ながら成仏してくれたら嬉しいかな」


 冗談だと思い顔を見れば、目の色がマジだった。突然の死亡フラグに動揺を隠せない。

 そんな試着感覚で殺されるなど真っ平御免だ。

 大体今だって可憐は喪服を着ているのだから、俺が殺される必要性は微塵もないはず。


 それでも万が一に備えて、喪服からは遠ざけようと努力してみる。


「……でも制服を着てる可憐が一番かわいいと思う」

「――分かった、お葬式には制服姿で出てあげる。高校生は制服で出ることも多いもんね」


 どう足掻いても、行き着く先は棺桶の中だったようだ。


 由佳子さんは、夫である浩介さんとの思い出を涙ながらに語る。

 時折言葉に詰まり、ハンカチで目元を拭う場面もあった。


「――夫の浩介さんは、いつも家庭を一番に考えてくれていました! わたしも、そんな浩介さんを……愛していました」


 彼女は、浩介さんの入った棺桶にそっと近づき顔を寄せた。そして囁くように最後の別れを告げる。


「これからは、わたしが浩介さんの代わりに家庭を支えます。だからどうか安らかに眠って下さい……」


 その瞬間、棺桶から伸びた腕が彼女の首を締め付けた。

 ……還ってきた。


「可憐!」


「分かってる!」


 そう言うや否や、可憐は棺桶ごと浩介さんを蹴り飛ばす。もう一度訂正、死体を蹴るエンバーマーもいることにはいる……。

 蹴り飛ばされた浩介さんが、ゆっくりと起き上がる。その姿はここにいる参列者たちと何ら変わらない。

 ただ一つ違うのは、喉元に喉仏の代わりに十字架が浮かび上がっていることだ。


「レヴェナントです! 皆さんは落ち着いてこの部屋から避難して下さい!!」


 俺は声を張り上げ、参列者に避難の指示を出す。


 半ばパニックになりながらも続々と参列者たちが立ち上がり、部屋から避難していく。

 しかし、当の由佳子さんはショックで腰を抜かしてしまっていた。浩介さんは、そんな由佳子さんをじっと見つめて吐き出すように言葉をかける。


「由佳子……なんで俺の部下と……関係を持っていたんだ……! 俺は……知ってるぞ。お前が……柏木と……浮気していることを……!」


「浩介さん……なんで、そのことを……?」


 ショックで我を忘れていたのだろう。由佳子さんは取り繕うこともせず認めてしまった。

 葬式中にとんだスキャンダルだ。

 それを聞いた由佳子さんのお父さんは、呆然としていた。


「由佳子、それは本当なのか……?」


 恐らく浩介さんは、この秘密を胸にしまい続け、墓場まで持っていくつもりだったのだろう。だが、言葉には出さなくとも、想いとして生前の浩介さんの脳内には強く刻まれていたのだ。


「ち、違うわ! それは誤解で……!」


 そんな修羅場などお構いなしに、可憐がレヴェナントの顎を蹴り上げた。

 咄嗟に俺は拳銃を抜き、続けざまに掌底を浴びせる。

 よろめくレヴェナントを押し倒し、喉元に銃口を当てた。


「由佳子を、愛していたのに……」

 レヴェナントから吐き出される最後の言の葉。

 きっと、これも浩介さんの本音なのだ。


 愛していたからこそ、浮気されていた事実を墓場まで持って行こうとした。

 苦しみながら墓場まで隠し通したはずの秘密だった。だけどそれを掘り返した下衆な神がいるのだ。

 だから、俺は神様も仏様も信じない。俺自身の手でこのふざけたカミングアウトを終わらせる。


「浩介さん、あなたの愛は本物でした。だから、もう一度安らかに眠って下さい!」


 そして、俺はレヴェナントの、いや浩介さんの喉元目掛けて引き金を引いた。


 乾いた銃声が鳴り響く。

 そして残るのは火薬の匂いと不自然な静寂。

 皮肉なことに、室内は葬式中よりも葬式らしい、重苦しい空気に包まれていた。

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