第9話「からだを売る女子高生」
磨り減った身体に鞭を入れ、重たい足を無理やり進める。
俺――五十嵐 稔は、当たり前のように告げられた残業を終えて、駅へと続く繁華街を彷徨うように歩いていた。
気を抜くとあの憎たらしい上司の顔が嫌でも頭をよぎるので、ただただ無心で足だけ動かす。
――これじゃあ、まるでゾンビだな。
今の俺とレヴェナントのどこに違いがあるのだろうか。
憎たらしい奴を殺しに行くだけ、レヴェナントの方が優れているのかもしれない。
レヴェナントが現れたことで、それに対抗し得るエンバーマーという存在がなくてはならないものになった。
日本ではエンバーマーは、国家公務員に属しており、その費用は国が全て負担している。
国が負担するということは、即ち国民が負担するということ。
結局どんな社会であれ、俺みたいな歯車が回り続けなければならない。
過労で死んでレヴェナントになったら、真っ先に憎たらしい上司を殺しにいくかもしれない。
巡り巡ってあの上司の顔が浮かんでしまい、心の中で悪態を吐く。
そんな鼬ごっこを繰り返していると、ふと肩口から声が聞こえた。
「ねえ、おじさん、からだ買わない?」
振り返ると、制服を着た女子高生がこちらを見つめている。
随分と直球な物言いをするんだなと思うものの、回りくどい言い方しかしてこない上司よりはマシだなと思い直す。
「今なら特別に安くしてあげるよ。なんかおじさん、凄く疲れた顔してるし」
年端もいかない女子高生に、俺の苦労がわかってたまるか。
しかし、折角安くすると言っているのだ、売られたものは買うのが礼儀だろう。
歯車が回るためには潤滑油が必要だ。
「安くしてもらえるなら、買わせてもらおうかな」
そう伝えると、彼女がついてくるよう手招きする。先行く彼女の後を追って、見覚えのない裏道を歩く。
ホテルでもあるのかと思ったが、彼女は地下へと続く階段の前で足取りを止めた。
「この下のお店で売ってあげるね」
階段を降り、寂れたドアを開けると、そこはクラブのような内装をしていた。
しかし、店員も客も見当たらない。
「ここは何のお店なんだい?」
不思議に思い尋ねてみると、彼女は「ちょっと待っててね」と一言残し、奥の部屋へと姿を消した。
着替えでもしているのだろうか。
しばらくして、彼女が姿を現す。
「お待たせ、ちょっと重くて手間取っちゃったよ」
生肉が腐ったような不快な臭い。
彼女は、三段ベッドの形状をしたストレッチャーを押していた。
「お、おい、何を持ってきたんだよ……」
「さっき言った通りだよ。か・ら・だ♡ ちょっとだけ新鮮じゃないけど」
ストレッチャーに乗っていたのは、三人の死体だ。
俺は腰を抜かしてしまう。
「一番上が10日目、真ん中が8日目で、一番下はなんと3日目だよ! おすすめは一番下なんだけど、少し値が張るんだよねー。ただレヴェナントになる可能性はランダムだから、3日目でもダメなときはダメなんだけどね」
笑顔で死体の説明を始める女子高生。
こいつは関わっちゃいけないやつだ。
俺みたいな歯車とは違う。
「……そ、そうなのか。いや申し訳ないんだが、手元にお金がないことに気づいてね……、今回は遠慮させてもらうよ」
そう言って店から出ようとするが、彼女に肩を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。内臓に衝撃が走り、呼吸が止まる。
「お金がないなら仕方ないか。じゃあ、逆にあたしがおじさんを買ってあげる」
彼女は笑みを浮かべながら、可愛らしい長財布から万札を2枚出して、俺の手に握らせる。
「おじさんって不健康な身体してるし、まあそのくらいの値段が相場だと思うよ」
彼女はポケットからナイフを取り出す。そして、流れるように俺の喉元へ差し込む。焼けるような激痛が走り、歯車はその動きを止めようとしていた。
「死体も欲しいけど、お金だって欲しいのになー」
ナイフが抜かれ、熱さと痛みで意識が消え行く。
止まらぬ血しぶき。錆び付く歯車。
最期に見た彼女の姿は、普通の女子高生にしか見えなかった。




