〜第16話〜一文無し
「うへぇ、もう今日は疲れました。 なんなんですか、あれからめっきり見つからないとか舐めてるんですかあの獣共は」
「一番疲れたのは率先して歩き回ってた俺だろうが。 お前らなんて後ろから喋りながら付いて来ただけだろ」
「すいませーん! 小タルビール下さーい! それとスキーヴァーの炙り胸肉!」
あれからコボルトは見つからずに日が暮れてしまい、俺達は酒場の机に突っ伏していた。
何故か一人元気なチズルは先程から酒を飲んでは肉をつまんでの繰り返しをしている。
コイツちゃんとお金の事考えてるんだろうな?
また食い逃げをして憲兵に捕まるのは勘弁してほしい。
「明日もまたコボルト捕獲に行くんですよね?」
「行くしかなさそうだな。 とにかく今日はもう解散だ、俺とチズルは宿に泊まるからお前は自分の家に帰れ」
シッシッと手払うと、ネルビオが驚いたように目を丸くする。
「あの……私もうあの店を売ってしまったんですが?」
「…………………は? 店を売った⁉︎」
その言葉に俺は驚愕を示す。
店を売った?
えっと、つまり今日の今日まで開いていた店を売っぱらったのか⁉︎
ネルビオは気まずそうに頬を掻きながら、
「えぇ、まぁ、あの店客も来なくて借金が膨らむ一方だったので………スルガと行動を共にするのを起点にして店を売って借金を返しました。 なので私の帰る場所はありませんし、お金もありません」
「そうか、大変だな。 それじゃあ俺は宿に行くわ。 チズル、お前も飲み食いしてないでそろそろ行くぞ」
「ちょ⁉︎ アナタには良心というものが無いんですか⁉︎ お金が無いと聞いた途端に遠慮なく切り捨てようとするとか完全に鬼の所業ですよ⁉︎」
「うるさい黙れ。 これ以上バカが増えるとこっちとしては大変なんだよ! こら、俺の服を掴むな離せッ!」
必死にネルビオの手を振り払おうとするが叶わない。
こやつ、意地でも付いてくる気だな。
流石に俺とチズルが今拠点にしている宿に三人は入れないので、場所を変える事になる。
それに次いで何故かこの世界の宿屋は三人部屋から値段がグンッと上がるのだ。
今やバイトを辞めてしまい収入が無くなってしまった身としてはその事実は残酷過ぎる。
ここはなんとしてでもこの女を引き剥がさなければ。
試行錯誤を繰り返していると、未だに好き放題飲み食いをしているチズルが肉を頬張りながら口を開く。
「ヒック、うへへ、ねぇ、別にネルビオをそんなに邪険に扱わなくてもいいじゃない。 旅は道連れ世は情けって言うでしょ? 乗りかかった船を途中で降りるのはマナー違反ってもんなの。 分かったら早く私のビールのおかわりを頼みなさい」
そんなアホな事を口走るチズルの頬は少し赤味がさしている。
なるほど、さっきから妙におとなしいと思ってたらコイツ………
「お前今酔ってるだろ? 少し黙っててもらえるか、今真剣な話をしてるんだ。 さもないと俺のファイアーボールが炸裂するぞ?」
「さもないとアンモナイト? アンタなに言ってるの? 馬鹿なんじゃない?」
「そんな事は一言も言ってねぇ! バカなのはお前だ大バカ野郎! あぁ、もう話が脱線しちまったじゃねぇか。 とにかくネルビオ、俺達にお前を養う余裕はない。 それが分かったらその手を離せ」
「……………分かりました」
ようやく観念したのか、ネルビオは明らかに悲しそうに俯きながら答えると、トボトボと酒場の出口に向かって歩いていく。
正直良心が咎めるのは言うまでもない。
しかし、俺達はそんな同情の心で行動できる程余裕が無い。
「ねぇ、真面目な話本当に追い出しちゃってよかったの? やっぱり私達にはもっと人手が必要だと思うんだけど?」
チズルの言葉に俺は一度思い悩む。
確かに人手は必要だ。
だが人手には当然人工、つまりお金が掛かってくる。 現在はそのお金も無い訳であって、自分自身を養うのにやっとな程だ。
そんな状態で一文無しの女の子一人の面倒を見るなんて言語道断だ。
はぁ、もう本当に俺達もこれからどうしよう。 またバイト暮らしをするしか無いのか?
もしギルドが廃れていなかったらせっかく装備も手に入れた事だしクエストでもこなしてお金にするんだけどな。
「無理だ、俺達には金が無い」
「そっか」
少し残念そうにチズルはテーブルに肘をつく。
そんな様子をを見ているとなんだかネルビオに悪い事をしてしまったという罪悪感が募ってくる。
「まぁでもお金に余裕が出来たらまたネルビオに声をかけようぜ」
「………ありがとね」
「お前の為じゃねぇよ。 俺だって変な奴ではあるがネルビオの事は嫌いじゃ無いし」
おっぱいでかいしな。
しかしこんな事を口にする訳にはいかない。
そんな事をした日にはチズルからの俺の呼び名はおっぱい星人とかになりそうだ。
俺はざわつく酒場の中で複雑な気分を味わいながら、チズルの頼んだスキーヴァーの炙り胸肉をついばむのだった。
……………これ案外うまいな。
ーーーーーーーーーーーーーー
そして次の日、再びコボルトを捕獲する為に街から出ようとチズルと一緒に歩いていると、雑踏の中で見覚えのある人物を発見する。
その人物は俺達を見つけて駆け寄って来る。
「おはようございます。 いやぁ、昨晩は姉の店に泊めてもらってなんとか野宿は間逃れましたよ。 ………ん、二人共そんな顔してどうしたんですか?」
気さくに姿を表すネルビオを前に俺とチズルは押し黙った。
………あれ、おかしいな。
俺はしっかりと昨日酒場でネルビオを引き剥がした筈なのだが………
「おい、お前昨日の俺の話聞いてたか?」
「えぇ聞きましたとも。 でも私は一言も諦めるなんて言ってませんよ?」
「……………小学生かお前は」
「小学生? 聞き慣れない単語ですね、食べ物ですか?」
「ある特殊な性癖の人達にとってはな。 それよりも俺は絶対に認めないぞ! 無理なものは無理だ、早く回れ右をしてお家に帰れ!」
「だからお家が無いんですって! なんですか、嫌味を言っているんですかそれは⁉︎ ケンカ売ってるんですか⁉︎」
「だぁぁぁもうめんどくさいな!いちいち突っかかってくるなよ」
盛大なため息を吐く。
すると心なしか嬉しそうなチズルが間に入って俺を宥めてくる。
「まぁまぁ、もういいじゃない。 バイト暮らしでもなんでも人数が多いい方が稼ぎは多いい筈よ?」
「バイト暮らしは決定なのかよ……」
「私は経験が豊富ですからその辺りの心配はいらないですよ?」
目を輝かせながらネルビオは言い寄ってくる。
こいつもバイト暮らし賛成派か。
しかし、ここでコイツに会ったのも何かの縁かもしれないしな。
なんなら俺をコイツから魔法とはなんたるかを教えてもらったし。
仕方ないっちゃ仕方ない………腹を決めるか。
ここで気づいたが俺ってもしかしてお人好しなのか?
「分かったよ、その代わりちゃんと働けよ? 『今日は面倒だから仕事休む』なんて言い出した日には遠慮なく切り捨てるからな」
「うわぁ、やっぱり鬼ですね」
うるせぇよ。
こんな心優しい俺を鬼と呼ぶなら世の中は鬼であふれ返っている事になるぞ。
けれどまぁこんな感じで俺は配下二号を手に入れた。
『テッテレー♪』なんて効果音が流れないのはこの世界が紛れもない現実である証拠だ。
もういっそ夢だったらいいのに。
そんな事を考えながら街から出ようとすると、唐突に町中から警鐘の音が鳴り響く。
「な、なんなの⁉︎」
チズルはけたたましく鳴るその音に身体を震わせている。
何が起こった?
落ち着け、こういう時ほど慎重にだな………
「ドラゴンが来たぞ! この街から逃げなきゃみんな殺されちまう!」
一人の男がそんな大声を上げる。
ど、ドラゴン⁉︎
それってあの羽が生えた哺乳類みたいな奴らの事か⁉︎
その姿想像して俺はチズルよりも盛大に取り乱す。ネルビオはそんな俺を前に半眼を作って見つめた。