〜第14話〜 ゴブッち死す
「さぁスルガ、今度こそあそこにいるコボルトを取っ捕まえて下さい」
「アンタにコボルトの捕獲なんてできるの? ………いや、できないわよね、さっきだってドヤ顔しながらネルビオに負けてたし」
「それを言うならお前だって負けたじゃねぇか! っつかなんて俺はこんな事してるんだ⁉︎」
「もう忘れてしまったんですか? 私達はモンスターを捕まえてオーディルの町で放すんですよ」
あぁ、そうだったそうだった。
ネルビオの計画で行くなら、まずは廃れたギルドを再建する手伝いをし、今や少なくなった冒険者の数を増やそうという話になっている。
こうして自由の象徴である冒険者の数が増えれば、腐れきった帝国に反発し、戦争を起こしてくれる。
その結果帝国が崩れればとりあえずは、現状のような暴走した憲兵が歩き回るような事も無いだろ。
とまぁそれが狙いでギルドの再建を手伝う為に、俺達は今モンスターの捕獲をしていた。
その理由としては、捕獲したモンスターを町に放つ→混乱が起こる→憲兵の力を借りたく無い市民はギルドに助けを求める→冒険者がモンスターを狩る→ギルドの需要が増えるといった感じだ。
うむ、頭の悪そうなネルビオの考えとは思えない程にしっかりとした計画だ。
しかし……しかしだ、肝心なコボルトが捕まえられない。
一度目は出会い頭に逃亡され、二度目に至っては襲撃に遭って俺達から逃げ出した。
そして現在は三度目である。
下ろし立ての装備で俺はコボルトを全速力で追いかける。
「だぁぁぁぁあ! コイツ等は臆病なのか攻撃的なのかどっちなんだよ! っつかお前等も見てないで手伝え! 特にネルビオ、お前に至っては俺より強いだろうが!」
「私はモンスターを解体するのを専門としているので嫌です。 正直に言うと反撃が怖いです」
「アンタ男の子なんだからもう少し頑張りなさいよ! 相手はあらとあらゆるゲームで最低カーストに属するコボルトよ?」
「そのコボルトに怯えてネルビオの後ろに隠れてるのは何処のどいつだよッ! お前等ホント後で覚えてろよ! 」
後でこの二人にはそこそこら辺に落ちているコボルトのフンを投げ付けてやろうと心に決める俺は、コボルトに向かってアクアロックを唱える。
足元を凍らされたコボルトは身の危険を感じたのか、物凄い抵抗を見せる。
「お、おいコイツめっちゃ暴れてるぞ⁉︎ とりあえず動きは止めたがこれからどうすりゃいいんだよ、檻とかないのか?」
「……………檻? ……………おり、檻……………無いですね」
慌てる俺の問いにネルビオはキリッと答えた。
「無いですね、じゃねえんだよ! お前馬鹿なの、馬鹿の極みなの? アレだけまともな計画思い付くのにこんな簡単な事を忘れちゃうの?」
「バカとは失礼ですね! 私のような秀才はこの世界に二人として………あの………」
「ちょ、スルガ、うしろうしろ!」
「…………へ?」
二人は唐突に顔を青くして俺の後方に視線を向けるので、俺は恐る恐る振り返る。
そこには氷を砕いて足元が自由になったコボルトが居た。
出会い頭に追いかけられた挙句に魔法まで掛けられて相当に怒っているのか、コボルトは歯を見せて唸りながら鋭いツメが生えた手を振り上げた。
「ひぃぃぃッ⁉︎」
俺は慌てて飛び退くが、鋭い爪が俺の鼻の先を掠めていく。
あっぶねぇ!
少しでも遅れてたら今のは流石にマズかったんじゃないか⁉︎
とにかくこのままではコボルトを捕獲するどころかその前に殺されてしまう。
こういう場合にはゴブッちを………!
急いで魔法陣を展開させて召喚魔法を行使すると、案の定最近では見慣れたゴブリンが召喚される。
がしかし、どうにもゴブッは最後に憲兵相手に召喚した時よりも二回り大きく感じる程に太っていた。
「グギャア!」
「よしゴブッち! そのコボルトをやっつけるんだ!」
俺は大声を上げて指示するも、ゴブッちは全く動こうともしなかった。
いやもうホントなんなんだよ俺の特殊能力………なんか俺唐突に泣きたくなってきたよお母さん。
悲しみに打たれる俺の気も知らずにネルビオは召喚魔法を見て感嘆の声を上げた。
「おぉー、召喚魔法を使える人間が未だにいたんですね」
「ねぇネルビオ、感動している途中で悪いんだけど、召喚魔法って言ってもゴブリンを召喚するだけじゃなんの意味もないんじゃないかしら?」
「まぁ、本来なら召喚魔法はエルフが使う為に編み出された魔法ですからね。 それを人間が使ったらああなってしまうのも仕方ないですよ。ですが、私も正直に言って意味はないと思います」
「意味ないとか断言するなよ………」
ネルビオの心無い言葉に地味にショックを受けている俺は肩を落とす。
しかし、こちらの状況など考えずにコボルトは召喚されたゴブッちに向かって腕を振り上げながら走ってくる。
ゴブッちはコボルトの存在に気が付くが遅い。 コボルトの鋭い爪がゴブッちを捉えた。
「ごごご、ゴブッちーーーーーーッ!」
完全に爪が貫通しているゴブッちは、コボルトによってぶん投げられる。
俺は慌てて着地点に滑り込みゴブッちを受け止めた。
ゴブッちは胸を抉られ苦しそうに呻き越えをあげながら身じろいだ。
召喚された召喚獣は術者が死なない限り無敵だ、だから大丈夫。
きっとコイツも助かる………と思う。
今に傷口が再生して………………あれ?
異変に気付く。
そう、ゴブッちは呻き声を上げるばかりで胸の傷は一向に再生しようとしない。
そんな状況に見かねたネルビオは気まずそうに声を掛けて来る。
「スルガは知らないんですか? 召喚獣は無敵ではありません、他のどの部位を破壊されても再生しますが、心臓を破壊されたら傷は治らないんですよ。なのでその召喚獣は…………」
「…………え?」
おいおい嘘だろ?
この半年間ずっと………いや、たまに遊びがてら召喚していた俺の従者ゴブッちが死んでしまうだと?
絶望に打ちひしがれていると、コボルトはゴブッちを攻撃して怒りが収まったのか、俺達に背を向けて去っていく。
それと同時にゴブッちも息を引き取った。
「クソッ! 俺が………俺が無力なばっかりに!」
「スルガ……………その、すいません、私がまずコボルトを捕まえるなんて言いださなければこんな事には」
「いや、ネルビオの所為じゃない。 コイツに頼りきりだった俺の所為だ」
俺は力を込めて自らの膝を殴った。
重い空気が辺りを包む中でチズルがチョコチョコと歩いて来てゴブッちの亡骸を覗き込むと、顎に手を当て唸りはじめる。
ややあって、
「………ねぇスルガ、このゴブリンってこの前監獄で召喚されたゴブリンと違くない?」
「お前なぁ、俺がゴブッちを見間違えると思うのか?」
「だって最初のゴブリンは痩せ型で角が一つだったけど、このゴブリンは少し太っていて角が三本あるじゃない」
言われて注視すると……あ、ホントだ。
………どういう事だってばよ
その確認が取れた瞬間、先程の重い空気はどこかへ消えていき、ネルビオに至っては呆れたような目でこちらを見てくる。
や、やめろ、そんな目で俺を見るな!
「んー、じゃあつまりスルガは毎回違うゴブリンに対してゴブッちとか名前を呼んでいた訳ね!」
「いえチズル、召喚魔法で違う召喚獣が現れる時は先代の召喚獣が死んだ時です。 つまり、チズルが一回前に見た召喚獣はもう死んでいます」
そんな会話を聞いて俺の額からはダラダラと汗が流れ落ちる。
「そういえばスルガってば憲兵から逃げる時にゴブリンを投げつけ………」
「よし、それでもこのゴブリンは俺の為に命を投げ打ってくれたって事だようん! せめて埋葬をしてあげよう」
とんでもない事を口走るチズルの言葉を遮って話題を転換する。
しかし、
「ねぇスルガったら今『ゴブッちを見間違える訳ない』とか言ってしまった事に恥ずかしさを感じているんでしょ? それともしかしたら自分が前のゴブリンを殺してしまったかもとか思って気まずい感じになってるんでしょ? ねぇ!」
「そ、そんな事ねぇよ⁉︎ だってこのゴブリンは事実俺の所為で死んじゃった訳だし⁉︎ それに…………えぇっと」
言い淀む俺にネルビオはゴミでも見るような目で一瞥して一言
「最低ですね」
俺の信頼とか人間性とか常人性とかが消え去った瞬間である。