最終章 High maintenance
アンジェラは腰を下ろし、花束を手向けた。墓石を用意する余裕がなかったため、バイパーたちが埋めたらしい場所へ花を置く。
「パパ、ママ。終わったよ」
今はもういない二人に言葉を紡ぐ。その様を、数歩離れた場所でオールドは見守っていた。一応、この報告を以て終わりと決めてある。バイパーに引導を渡すときは大きく見えた幼女の背中も、今では年相応だ。
「心配かもしれないけど、天国で見守っててね。頑張るから」
腰を上げる。もういいのかというオールドの問いに、アンジェラは顎を引いた。
「いいのよ。パパやママにこれ以上心配かけされられないもの」
帰るわよ。
アンジェラが切り出す。妙に嫌な予感を嗅ぎ取り、オールドは「待て」と話を区切る。
「一応訊かせろ。お前さんはどこへ帰るつもりなんだ」
「オールドの事務所よ」
「寝言にはまだ五時間早いぜおチビちゃん」
殺し屋は両腕を広げた。
「さも当然みたいに俺と一緒に帰るなよ。これで今回の依頼は終わり。俺は事務所に帰って美酒を呷る。お前はどこかわからんが新しい人生を始める。ハイおしまい、めでたしめでたし!」
「殺しを教えて」
突拍子もない申し出に、オールドは両手で顔を覆った。
「俺は一人が好きなんだ。これ以上俺の日々をかき回すな。依頼は楽しかったが、それが毎日は胸焼けしちまう。二日酔いは酒だけで十分さ」
「私ね、わかったの」
アンジェラは続ける。「生きていくには、強くなきゃいけないんだって。特にルツボでは、自分の守りたいものがあるなら誰より強くならないと。それを、あなたと一緒にいて痛いほどわかったわ」
分かってくれりゃ重畳だ。オールドは肩を揺らす。
「でも弟子なんて要らねえ。邪魔だ」
「ご飯作れるわ」
「要らね」
「掃除洗濯アイロンがけもできる!」
「知るか。俺だってできる」
「電話番も窓口応対もするから!」
「いい加減にしろよお前」
しつこく食い下がる幼女に、オールドが青筋を立てる。このまま放り投げてしまおうか。それとも適当に、生意気な口きけないよう娼館にでも売ろうか。
そう思った、刹那のことだった。
「減価償却だって完璧よ!」
オールドが、ぐっと言葉に詰まった。
「確定申告だって書ける! あの面倒くさい手間を私に押し付けてくれたら、あなたは晴れて自由の身よ!」
幼女が攻める。
下唇を噛み、オールドは呻吟する。刺客と戦った時以上に苦悶の表情を浮かべること十五秒。ルツボの端から端まで届くようなため息を吐き、言った。
「銃使うなら、規格は俺に合わせろよ。勝手なもの買ったり使ったりしたら容赦しねえからな」
「うん!」
アンジェラの瞳に光が宿る。
「会計管理は全部お前がやれよ」
「もちろん!」
「スケジュール管理もな!」
「任せて!」
「半年見てセンスないと思ったら、パッと捨てるからな」
「望むところよ!」
肩を落とし、顎で車を指す。運転係のサイドカーがエンジンをかけ始めた。
「うちへ帰るぞ、『アンジェラ』」
幼女の顔が、パッと花開いた。ぴょんぴょん跳ねながらオールドに続く。
二人の行き先を聞いて、サイドカーは目を丸めた。
「妙な勘繰りはやめろ」
釘を刺し、息を吐く。
業界上分かっているのだろう。サイドカーは何も言及しない。緩やかに車の速度を上げ、オールドの事務所へ向かう。
「何か聴きたい曲はあるか?」
青年の提起に、殺し屋は「ハイメンテナンス」と即答する。
程なくして、ギターの滑らかなソロが入り込む。ドラムとベースも交じり、軽妙なリズムを奏で始める。独特のうねりを生みながら、管楽器も加わる。心地よいジャズの調べに、オールドは瞳を閉じる。
「どう言う意味なの」と無邪気なアンジェラに、オールドは意地の悪い笑みを浮かべる。
「世話の焼ける女って意味だよ、おチビ」
「その呼び方やめなさいってば!」
憤慨していたアンジェラだったが、数秒して収まる。やがて口を開き、神妙な顔をし始めた。
「今更だけど、もう一回自己紹介するわね。弟子になるわけだし」
小さく咳払いし、当たり障りのない自己紹介を述べる。「次はあなたよ」と、右手のひらを差し出した。
身体をひねり、助手席から身を乗り出す。肋骨が尋常ではなく傷むが、気のせいだろう。
「俺の名前はオールドファッション。好きなカクテルは名前の通り」
一呼吸おいて、ニヤリと笑った。
「どこにでもいる、最強の殺し屋さ」
了




