第三章 Hit the ground running(1)
「おい“マルボロ”、こりゃ一体どういうつもりだ」
ソファに深く腰掛けた男が、不満を隠さない声で尋ねる。
それに対し、マルボロと呼ばれた男は涼しい顔つきだ。身長二メートル弱程度の、筋骨隆々の黒人である。スキンヘッド部分に刺青として蜘蛛の巣が張り巡らされていることを除けば、ただのスポーツ選手風の黒人だ。ただ、蜘蛛の巣状の刺青があまりにも大きな存在感を放っている。泣く子が見れば、より一層泣くことは日を見ることより明らかだ。
マルボロを、男がギロリと睨む。三白眼であるせいか目つきは鋭く、三十歳手前であろう顔にはなんとも言えない迫力が宿っていた。獣が敵意をむき出しにして、今にも跳びかからんとしているときと似ている。髪が黒のベリーショートであることと相まって、猟犬に見えなくもない。
「確かに最近はつまんねえシケた仕事しかなかったのは事実だ。その件でお前に相談したことだって、俺のオツムはちゃんと覚えてるさ」
でもな、男が吠えた。
「ベビーシッターの求人にエントリーした覚えはねえぞ」
言い放ち、向かいに座る少女――アンジェラを指差す。整った顔立ちと絶妙に波打つパーマのせいで、人形と言われても違和感のない少女だ。渦中のアンジェラは何も言わず、じっと男を見るだけ。その顔は何かを堪えているようにも、はたまた何かを諦めたようにも見えた。
納得いかない想いを吐き出す男に、マルボロが地鳴りを思わせる声で宥める。
「“オールド”、俺だってベビーシッターの斡旋をしたいわけじゃない」
「『チャイルドシッターだから大丈夫』みたいな屁理屈こねた瞬間殺すからな」
脅しとは思えない一言に、マルボロは動じない。
「詳しい話はこの少女から聞いてみな」
深く息を吐き、オールドと呼ばれた男は溜飲を下げた。話が一応進展すると見込んでか、マルボロはオールドの隣に腰掛ける。
「じゃあ、聞くだけ聞いてやろうじゃねえの。ええと」
「アンジェラよ」
「アンジェラ、まずは何飲みたい? ウィスキー、ビール、ガソリン、どれがお好みだ? 」
「煮え湯を頂戴」
少女は端的に告げた。
「私のファミリーネーム(苗字)はブルーノート。アンジェラ・ブルーノートよ」