第九章 Like Thunder
この章で登場する「塩野鎮鬼」氏は榊 亮様の「疾走と弾丸」からお借りしております。使用許可を頂いたことを、この場をお借りして御礼申し上げます。またこの作品、青年エンタメとしてもまとまって面白いため自信を持ってオススメできる作品です。もしお時間があれば、ぜひどうぞ(宣伝)
店内では穏やかなジャズが流れている。ダイニングバーRavingのテーブル席で、オールドとアンジェラは一人の男と向き合っていた。
向かいの男が、A4サイズの紙を数枚取り出す。事細かに書かれたメモに、オールドは視線を落とす。
「はいコレ、吐かせた内容と詳しい図ね」
その男は、自分の事を塩野鎮鬼と名乗った。身長は平均程度。短い黒髪と眼鏡をかけた、見ただけで頭の良さが分かる。顔つきが、蒙昧な輩とまるで違う。普通の人間とは、語感の使い方が違うようにも見えた。
その男は自分を、塩揉みの塩に野火の野で塩野、鎮圧舞台の鎮に鬼子母神の鬼と紹介した。日本人は毎回こんな自己紹介をするのかと、オールドは内心首を傾げる。それに比べてこの界隈は便利だ。名前に漢字は殆ど使わない。尤も、オールドそのものが日本人ではないことに起因するのだろう。インペリアルは確か日本人だ。彼も本名で自己紹介する時はまどろっこしいことをするのかと、少しだけ同情した。
「助かったぜ。ええと」
「塩野でいいよ」
男は柔和に笑う。その顔を見て、オールドは内心冷えるような薄ら寒さを覚えた。
「しっかしまあ、世界ってのは広いモンだな」
出されたメモを見ながら、殺し屋は感嘆する。
「ルツボにも『尋問屋』とか『吐かせ屋』ってのはいるが、『解体屋』なんて初めて聞いたぜ。相手の心的な錠前を外して、自白や洗脳もできるなんてビックリだ」
自身の名を冠したカクテルを口に含み、オールドは尋ねる。
「外の世界ではそんな仕事が跋扈してるほど物騒なのか? ルツボ以上に怖いな」
そうでもないよ。塩野は肩を揺らす。
「全体的な平均値? で言えばルツボの方が何十倍も危ないよ。それに日本はこういった解体系は全然進んでいない、後進国なんだ」
「そうなのか」
塩野は頷く。
「日本じゃこうした業種自体が嫌われるんだ。だから教育だって疎かになるし、その業界に志望する子だって少ない」
「そんな業界で、爺さんに知り合いがいたなんてな」
呟いたオールドだが、別に不思議な話ではないと落ち着ける。なにせネグローニはルツボの生きる伝説。ルツボがルツボになる前から暮らす古参だ。加えて仕立て屋をする前は傭兵やPMCの人間をしていたとも聞く。何かの折にコネクションができても、何らおかしくない。裏の業界は広いくせにふとした拍子に狭くなる。始め解体屋なんて話をされたときは半信半疑だったが、自分の知りたいことをしっかりと揃えてきたら何の文句もない。結果が全てだ。
ああそうだと、オールドはわざとらしく話を切り出した。
「噂じゃアンタ、神様も殺せるんだって?」
周りの客が沈黙する。突拍子もない話題に、固唾を呑んで見守る。
三秒。空白を添えて、塩野ははっきりとした声調で応えた。
「うん、殺せる」
失笑が、四方八方から飛び交う。当たり前だ。自信満々に神を殺せるなんて謳えば脳の調子を疑われる。
「五感のうちどれかがあれば、僕はなんだって殺せるさ」




