第八章 Autumn Leaves(7)
ネグローニがアンジェラを見る。
「お嬢さん、少し私のお願いを聞いていただきたい」
銃は依然としてオールドに向けたまま、アンジェラに目線を合わせる。
「オールドの事だから、きっと腰にナイフを仕込んでいる。それを取り除いて、傍の机に置いてくれ」
アンジェラがオールドを見上げる。
オールドは、大人しく顎を引いた。
「この爺さんのおっしゃる通りさ。ナイフがあるんで、それを引き抜いてそこにおいてくれ」
言われるがまま、アンジェラはオールドの腰に手を伸ばし、ナイフを抜き取る。確か名前は、マリアだったはずだ。それを抜き取り、最寄りの机に載せる。漆黒のナイフは沈黙を貫いたまま、ごとりと机に落ち着いた。ネグローニが目線で、オールドの左隣に立つよう指示する。アンジェラは逆らうことなく
「まさか、アンタがチンピラに与するなんて驚きだ」
殺し屋は続ける。
「歳のせいとは思い難いし、弱みでも握られたか別の思惑があるようにしか思えんね」
「私は別に、思惑なんてない」
ネグローニはドライだ。
「私はただ、誰の味方をすればいいのかを心得ているだけさ」
「言うじゃねえか」
オールドが歯を見せる。
「これで俺に勝ったつもりか?」
「では何か、勝ち筋でもあるのかね」
「ないね」
殺し屋は清々しい。
「アンタにこうして優位に銃を向けられている時点で、勝ち筋はほとんどない。野球で言えば三点負けていながらツーアウトランナーなし、ツーナッシングのほぼ詰みだ」
「なんで毎回例えが野球なの?」
「野球しかレパートリーがないんだよ察してくれ」
オールドが苦し紛れに話す。
「実際のところ、チンピラにどのくらい渡された? さぞかしいい値段だとは思うが、参考までに教えてくれよ。これからの相場として俺も勉強させていただきたいね」
ネグローニが、左手を広げて見せる。オールドはぎょっと目を見開いた。降ろされた左手をじっと見る。
「結構な額だな。羽振りが良い」
殺し屋は続ける。
「ここまで話が進んでアレだが、アンタは俺たちを見なかった振りして見逃してくれるってことはないのか? そうすりゃ、多少なりとも謝礼は弾むぜ」
「無駄さ」
老人は冷ややかだ。
「カメラがあって、それでこの状況はリアルタイムに監視されている。間もなく、お嬢さんを引き取りに手の者が来るだろう」
ネグローニが背後を指す。言われてみれば、確かに小型のビデオカメラが置いてあった。
「だから、私が裏切ったらその瞬間外でスタンバイしている連中にも筒抜けというわけだ」
舌で唇を濡らす。
「手詰まりっぽいな」
「なんでそんなにお気楽なのよ!」
アンジェラが喚く。「マシンガントークでずたずたにしてみなさいよ! そのくらい出来るでしょ!」
「お前結構無茶言うんだな」
辟易しながら、オールドが目線をずらす。店の扉が開いた。男が二人入ってくる。
入店者を見て、老人は顔を顰めた。
「前に来たやつとは違うな。それなりのお偉方ってところか」
「ご苦労だったぜ、クソジジイ」
男の一人が、唇を歪める。懐から銃を抜きだし、背後からオールドの頭に突きつける。もう一人は押さえつけるようにアンジェラの頭に手を載せ、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「この殺し屋がどれだけ強いのか全く分かんねえが、銃を突き付けられちゃ何もできねえ雑魚だな」
ぎゃはは、と二人して笑った。
「うるさいわね。ネグローニに銃突きつけられなかったらあなたたちなんて即死よ! オールドのマリアが黙ってないわよ!」
「うるせえなお前」
男が大ぶりのナイフを抜き、アンジェラの頬を軽く叩く。
「自分の立場を理解しろよ。その気になれば、お前なんてこの場で殺せるんだぜ。上の指示で、生け捕りなことをありがたく思えよ」
ぎらぎらと輝く刀身に、ネグローニが鋭い目線を向けた。
「この店にいる限り、この二人はまだ私の客だ。店内で殺傷等の勝手な振る舞いは、控えていただきたい」
「あ?」
銃を持った男が、オールドの頭越しに店主を睨む。
「銃で脅して足止めしただけで随分吹かすじゃねえか。アンタはもう不要だ、さっさと店の奥に引っ込んでろ」
横柄な物言いに、オールドが肩を落とした。




