第八章 Autumn Leaves(5)
柔和に老人は話す。紳士然とした雰囲気や声も相まって、映画の世界から飛び出してきたような幻覚すら覚えるほどだ。へらへらと笑うオールドとは、対極の在り方だ。
「時に、最近何かと面倒に巻き込まれているらしいな」
ネグローニの話題に、オールドは曖昧に頷く。
「このおチビのおかげで、楽しいトラブルには事欠かないな。ちょっと食傷気味だが、それもまたオツってやつさ。トラブルの二日酔いも近いね」
殺し屋の軽口に、「そう言えば」とネグローニがカウンター内部を漁る。
「最近、ウチにも何やら変な男がチラシを置いてきたな。『こいつを生け捕りにしたら金をくれてやる』と、ご丁寧に周りにも言っているらしい」
そう言って差し出されたチラシを、オールドとアンジェラが覗き込んだ。チラシにはアンジェラの写真が載っており、『Wanted』とまで書かれている有り様だ。
「なにこれ」
「なんじゃこれ」
二人のリアクションは、概ね似ていた。いつの間に指名手配紛いの事までされていたのか。そう言った困惑からきているものだ。
「大変だな、二人とも」
他人事のように、ネグローニが呟く。
チラシに目線を落としたオールドが、唇をへの字に曲げる。
「つっても、アランに確認したけど俺がおチビ護ってるって噂は浸透したはずだぜ。そんで俺たちを狙おうなんざ、余程のバカしかいねえだろ」
「確かに、相当な馬鹿者しかいないだろうね」
老人が付け加える。
「あと、強いて言えば私くらいだ」
「そりゃ一体――」
どういう意味だ。
質そうとして顔を上げ、苦渋の表情を浮かべる。
「おいおいおいおいマジかよ」
ネグローニが、静かな瞳で銃を殺し屋に向けていた。
オールドは天井を仰ぐ。アンジェラは、両手で口を覆っていた。
「わかったぞおチビ。こりゃ夢だ」
顔の角度を戻し、オールドがさも真理とばかりに言い放った。
「ちょっとした悪夢を見ているんだ。俺が深く瞳を閉じて、瞼を開けりゃきっと白昼夢は晴れるはずだ。待ってろよ……」
言い切り、オールドは目を閉じる。
五秒ほど挟み、目を開ける。
現実は、何一つとして変わっていなかった。
「なるほど。やっとわかったぞ」
オールドはニタリと笑った。
「悪夢なくらいに怖い現実なんだな、これ」
「あなた何がしたかったの?」
アンジェラの冷ややかな目線を浴びながら、オールドが苦笑を浮かべる。
「いやね、お前さんは現実味がないかもしれんが死ぬほど怖いシチュエーションなんだぜ、これ」
身体を硬直させながら、唇だけを動かせる。
「こっちは現状棒立ち。しかし相手は銃をばっちり構えている。しかも相手は誰だと思う? この稼業の伝説の爺さんだ。野球で言えば毎年打率四割越え、ホームラン数も盗塁数も得点数もリーグトップを毎年記録更新するくらいの化け物だったジジイだぜ。ちびっていいか?」
「ダメに決まってるじゃない」
だよな。
オールドはハハと笑った。
「というわけで爺さん、トイレ行かせてくれねえか」
「許すと思うかい?」
ネグローニは、至って平静だった。オールドの話に辟易するでもなく。淡々と受け流している。顔色は、数分前と何一つ変わっていなかった。




