第八章 Autumn Leaves
殺し屋が片目を閉じ、眉間に皺を寄せる。真剣な眼差しで、ナイフを研いでいた。自室の照明を、刀身が鋭く弾く。絞った呼吸を繰り返し、オールドはメンテナンスに意識を収斂させる。
「ねえオールド、なんであなたの名前は『オールドファッション』なの?」
男の背中に、少女の声がぶつかる。アンジェラだ。ソファに寝転がり、雑誌片手に言葉を放り投げる。
「ちょっと黙ってろおチビ。今集中させてくれ」
意外な切り返しに、アンジェラはきょとんと眼を丸くさせた。いつもの殺し屋であれば、得意そうな声と顔で聞いたことを後悔するくらいに延々話し始めるはずである。字数にして三百文字はくだらないと思っていたアンジェラは、その様子が少しおかしくて唇を歪めた。
脚をばたばたを動かし、ソファを叩く。
「ねえねえ。なんでなんでなんで?」
「シャラップくそチビ。黙れ」
「なんでー? なんでなのー!? おしえてー!」
「うるせえっての!」
振り向き、オールドは辛抱たまらず叫んだ。磨き終わったナイフを仕舞い、ずかずかと幼女に詰め寄る。覆い被さるように腰を曲げ、少女を指差した。
「いいか、俺が嫌いなものを三つ教えてやる。耳障りな奴、時や場をわきまえずに喋る奴、うるさい奴、喧しい奴だ」
押さえつけるように話したオールドに対し、アンジェラが瞳を潤ませた。
「あなた、そんなに自分の事が嫌いなの?」
「おめーの事だよ馬鹿! 人が集中してるときくらい黙れ!」
オールドの大きな手が、アンジェラの頬を両サイドから挟み込む。パン生地でもこねるかのように、幼女の頬をむにむにと弄んだ。どれだけ腹を立てていても、流石に暴力へ移すことは憚られた。苛立ちと倫理の最大公約数を、全力で行使する。
くすぐったいのかキャッキャとはしゃぐアンジェラの頬をなおもこねる。三十秒ほどして、オールドが手を離す。これ結構ストレス消えるなと、ぼんやり考えた。
「あと補足すると、さっきの三つじゃなくて四つだったわよ」
「その妙に揚げ足取る態度も気に食わねえ」
頬ではなく、今度は鼻を狙った。小振りな鼻を摘まみあげる。みゃ、と呻き、アンジェラは黙った。
今更ながら、面白い面倒事が来たとはいえなんて厄介な奴を住まわせてしまったのかという後悔に駆られた。今更追い出すわけにもいかず、ずるずると居候の如く家に置いている有り様だ。
天下のオールドファッション様が聞いて呆れるぜ。オールドは自嘲し、肩を揺すった。
「で、なんでオールドはそんな名前なの? 本名は?」
「本名? なんだそれ」
オールドは真顔になる。
「だってオールドファッションは仕事の名前でしょ。じゃあ私のアンジェラみたいに、名前があるんじゃないの?」
「ないな」
幼女の無垢な質問を、男は速攻で斬り捨てた。
「昔はあったが、それも仕事用につけられた名前だ。加えてそれは、もう二度と名乗る気のないクソみたいないわくつきなんでね」
有無を言わせぬトーンに、「そう」とアンジェラは退いた。
「で、なんでオールドはそんな名前なの?」
「別に、大した意味なんてねえさ。ただその酒が好きだからってのと――」
オールドの言葉を、ベルが遮った。来客らしい。やや大きい声で「開いてるぞ」と告げ、オールドは再びナイフの手入れに戻った。オールドと向き合っているナイフはおよそ十。それぞれ形が違い、用途も違うらしい。アンジェラには、その違いが分からなかった。
「どうもどうも」
控え目な挨拶と共に入ってきたのは、背の低い男だった。全体的に服の色合いが暗い。身長は百六十センチをやや下回るくらいであろうか。年齢は、五十歳前後だろう。猫背も相まって、なおさら小さく見える。どこか周囲の顔色を窺うような卑屈さの混じった、誰かの機嫌を取ろうと繕う笑みが印象的だった。ペコペコと頭を下げながら、オールドの傍に着く。




