第七章 Time check(15)
色々あるが……。
勿体つけて、オールドは続ける。
「コメダは基本的に長居歓迎だ。喫茶店みたいな飲食店は基本回転率がモノを言う。さっさと客を捌き、もっと多くの客を店に詰め込む。どの飲食店でもそれは同じで、だからこそ二時間の席制限やそれに近い何かを設けるんだ」
でも、コメダは違った。
「長居してもらえるようなゆったりとした場所を提供すれば、客は常連になってくれる。それでいて儲かればお客もコメダも Win-Win になれる、コメダはそこを目指した」
そのために、努力をした。
「じゃあ経営を維持するためにどんな努力をするか? 簡単さ、低コストをどうにか捻出することだ。コメダは同じ食材をいくつものメニューに使う――おっと、別に他の客が喰って残したものを使うわけじゃねえぞ」
おどけて、肩を揺らす。再び外では別の音楽が鳴り響く。スウィングを際立たせた、古めかしいナンバーだ。
「要するに、大量のスクランブルエッグを作ってそれをスタンバイさせて、色んなメニューに対応させるってわけだ。そうすりゃ余計なキッチンスタッフもいらねえ。加えて長居のシステムで全ての時間に同じくらいの数客が入るようにできれば、暇にもかかわらずそろそろ忙しくなる前後って言う始末の悪いバイトを張りつかせて余計な人件費を使うこともない。こうした戦略や動きも、『客に第三の場所を提供し、長居してもらえる店を作る』というコンセプトが目の前にあるからだ。そのために自分たちが何をするべきか、それが分かってるからコメダは強いんだよ」
分かりにくいなら、物語で考えてみろ。
オールドは補足した。
「物語にテーマは不可欠じゃない。別になくたって書けるさ。でもそれがあると、次の展開に困っても定めたテーマに問いをぶつけるストーリーをブチ込んでやればいい。一点に定めた目標は指針だ。無限の可能性を持った海原で迷っても自分たちを導いてくれる、最高の羅針盤になり得るのさ」
この話にあるのかは知らんがね。
オールドはカカカと笑った。
「ま、ちょっとした講座はこれにて御仕舞。もっと詳しい勉強したいなら、本屋行って数冊買ってみろ」
ぺこぺこと頭を下げるBに、殺し屋は意地の悪い笑みを浮かべる。
「まさか、コレがタダなんて思ってねえよな」
二人の顔が、凍りついた。
「お代は何にしようか。冥土の土産にこの話を手向けるってことにしてもいいし、来世に使える話として今生は残念でした。なんて展開でもいいな」
AとBの顔が青くなる。
生の実感を手放しかけた二人を見て、「そんなに重く考えるなよ」と軽く告げた。絶望に叩き落としているのはオールドであるにもかかわらず、だ。
「今日の俺は実に機嫌が良い。なにせパラダイスの生演奏を聴いた上にゴキゲンな追走劇まで演じれたんだ。この一連を適当に誘拐犯ぶっ殺してハイ終わり。じゃいまひとつ締まらねえ」
そこで、
「お前さんたちには、ちょっとした雑用――まあパシリってやつだな。それをしてもらおう。プラスして俺から何か依頼をした時はいくらかの割り引き。これでどうだ? 悪い話でもない」
がくがくと、二人は首を縦に。「素直な奴は嫌いじゃねえぜ」と、男は相好を崩した。
「そんなに難しい話じゃねえさ。ただ同業者や界隈に、俺とチビの事を振れて回るだけでいい。『やばいやつがいる』程度の、さらっとした話で良いからな」
色のいい返事を、Bがする。
「お前たちならそう言ってくれると、俺は信じてたぜ」
ニンマリと、唇を釣り上げる。
「ま、お前たちはまずコンセプトを決めることからだな。そこからじっくり、何をするべきかの取捨選択や優先順位を見定めろ。そうすりゃ、多少はまともな攫い屋になれるだろうさ。見たところまだ駆け出しだろ、成長の余地は余りある」
ありがとうございます!
感謝の言葉を述べる二人に、オールドは「いいってことよ」と肩を揺らした。
その傍らで、アンジェラは醒めた目をしていた。
「優先順位だなんて、どこの誰が偉そうに言えるのよ」
オールドの締めくくりを、鼻で笑っている。
「じゃあ何? つまりあなたは私の救出よりもナンパを優先したってワケ? それが優先順位なの?」
ああしまった。
眉間に皺を寄せ、オールドは下唇を噛む。
「そういうわけじゃないんだおチビ」
「じゃあどういうわけよ」
アンジェラの語調が強まる。
「どうしてもナンパするしかなかった、納得できる理由を頂戴。ジョージョーシャクリョーの余地があれば、許してあげないでもないわ」
「これにはとても深いワケがあるんだ。例えるなら、お前の懐と同じくらい深いワケがある。波乱万丈奇奇怪怪、東奔西走紆余曲折。山あり谷あり号泣必至の一大スペクタクルが、たった数分に詰まっているのさ」
丁寧に前置きを据え、オールドはあっけらかんと答えた。
「スマン忘れてた」
「最悪じゃないの馬鹿! アホ!」
アンジェラの右拳が暴れる。勿論空のマガジンを握ったまま、だ。
「おい馬鹿やめろ! 俺の前歯を狙うな!」
「うるさいわね大馬鹿やろう! もう許さないんだから!」
オールドは銃を放り投げ、アンジェラを鎮めようとハイエース後部でドタバタ奮闘する。
「なんか、大変なの乗せちゃったな。俺たち」
「だな」
AとBが息を吐く。どうにかアンジェラの両腕を掴んだオールドが、「おい!」と二人を呼んだ。
「旧名古屋駅付近で、美味いスイーツ出る店知ってるか? そこでコイツの機嫌を取る」
「一件、心当たりが」
Aが応える。ハンドルを切り、旧名古屋駅に向けて走り始めた。
「じゃあそこに連れて行ってくれ。ええと……」
「アカプルコって言います」
運転手が、苦笑した。「メキシコ南部のリゾート地らしいんですけど、カクテルでもそんな名前があるらしいですね」
「俺はバカルディ。よろしくお願いします」
助手席の男が、前歯の欠けた笑顔を見せる。
遅すぎる自己紹介に、オールドは「こりゃたまげた」と呟いた。
「まさか本当に、AとBだとはね」




