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オールドファッション  作者: 僕と久保
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第七章 Time check(10)

 参った。

 ハイエースで運ばれる中、アンジェラは下唇を噛んだ。車内は現状、控え目に見積もって恐慌状態だった。アンジェラを攫った誘拐犯二人が、激しく言い争っている。


「天井撃つことねえだろ馬鹿野郎!」


「ンなこと言ったってあんなヤバイのがきたら撃つに決まってるだろ! あんな奴がチビの護衛だなんて聞いてねえぞこっちは!」


「俺だって聞いてねえよ!」


 二人はぎゃあぎゃあと騒いでいた。攫ったアンジェラを蚊帳の外で、醜く言い合いをしている。どっちが言いだしたかとか、あの時俺はやめた方が良いと言ったとか、中学生レベルの口論だった。どちらが言い出して計画したのかは定かでないものの、実行に移したことは事実だ。現にアンジェラはハイエースで運ばれ、オールドはおおよそ人間とは思い難いムーヴで追跡している。自動車たちを跳び移りハイエースのルーフに乗った時は、本当に人間ではない何かなのではないかと疑った。普通に考えて、走行中の自動車たちを跳び移るなんてしない。頭のネジが外れているのか、車道に出たら自動車の屋根を足場代わりにしないと死んでしまう病気なのか、二つに一つだ。

 さて。

 アンジェラは仕切り直す。この状況をどう脱しよう。頭の中はそれで一杯だ。攫われた瞬間は焦った。心拍数も跳ね上がり、嫌な汗も滝のように流した。しかし、現状何もない。何もされていない。その場で殺されなかったことこそ救いだが、自分がこれからどうなるのかは到底見当もつかなかった。せめて、この二人が幼女性愛者ではなかったことに関し、神に両手を合わせる事くらいしかできない。

 車外では、どういった成り行きからか先程からジャズが鳴り響いている。音の質感からして生演奏なのだろう。なぜ唐突に屋外でジャズ演奏が始まったのか。「ルツボだから」以外の回答を模索し、結局「ルツボだから」以外に思い浮かばなかった。そういう所なのだ、ルツボは。快楽の享受、欲のルツボ。楽しいことは、あらゆる理屈を押し退ける。その倫理をステージに踊る住人達もまた、そのレールの例外ではない。

 窓を介して外を見る。巨大トラックの開いたコンテナで楽団がジャズを繰り広げ、群衆は狂乱する。その空気に当てられたのか、車内も紛糾していた。ここまで揉めているくせに、何故自分を攫ったのか。アンジェラは本気で二人の頭を案じたくなった。

 今、この隙をついて外に出る事は無理ではない。今やアンジェラは眼中にないようにも思える。それほどにまで、罵り合いは白熱していた。

 しかし、外に出てどうすればいいのかと冷静な自分が唸る。推定でも、ハイエースは時速60キロ前後で走っているだろう。そこから一気に飛び出たら、どうなるか?

 簡単だ。後続や周囲の車に吹き飛ばされる。アンジェラのような九歳児、一ミリの疑いもなく即死だ。成人男性であれ、熟練のスタントマン級ではないと重傷は不可避。アイデアとしては悪くないが、後先を考えると大変よろしくない。脳内企画書を、アンジェラは引き裂く。没。却下。代替の案を要求します。

 されど、天啓にも似た何かが降りて来ることはなかった。当たり前だ。所詮は多少肝の据わった九歳児。このような境遇に慣れているわけでもない。


「ねえ」


 今にも掴み合いの喧嘩を始めようとする二人に、幼女が声をかける。


「そろそろ、降ろしてほしいんだけど」


 男二人が首を傾げる。


「だって、あんな男につけ回されるのは嫌でしょう? 少なくとも、死ぬまで追いかけ回されるわよ」


「今お前を降ろしたって俺たちは死ぬだろうさ。ならせめて生き残る奇跡に賭けて、たんまりと金を頂いてやるさ」


 肝が据わっているのかどうかよく分からない二人に、「ご愁傷様ね」とアンジェラは頭を振ってみせた。オールドの腕は十分知っている。バーでも見せたあの動きは、確かに一流の殺し屋だ。殺しに疎いアンジェラでも、そのくらいわかる。中身や振る舞いに大きな問題があれど、技術に秀でていることは間違いない。


「そもそもなんなんだよあいつ」


 男が舌打ちを一つ。


「普通諦めるだろ。なんでサイドカーに乗ってまで追いかけてくるんだよクソ」


「まあ、オールドは普通じゃないから」


 アンジェラは息を吐く。


「頭も普通じゃないし、強さも普通じゃないわ。死ぬわよ」


 幼女の冷淡な宣告に、助手席でスコーピオンを握っている男がはたと我に返る。


「で、その頭も強さも普通じゃない殺し屋はどこにいるんだ」


「え」


 言われてみて、目を瞬かせた。

 確かに先程はハイエースに飛び乗った。男が銃を乱射する直前に慌てて回避したところまでは見ている。

 じゃあ、今は?

 アンジェラはきょろきょろと首を動かす。視界に飛び込んできたのは、雇ったはずの殺し屋が青のオープンカー助手席でサングラスをかけた女と談笑している姿だった。


「ちょっとー!?」


 絶叫する。

 両腕が自由になっていることを幸いに、アンジェラはハイエースの窓を全力で殴打した。


「依頼主が攫われてるのに何呑気にナンパなんてしてんのよ馬鹿ー! アホー! 助けなさいよクズー!」


 ぎゃあぎゃあと喚いて暴れるアンジェラに、誘拐犯二人は同情の眼差しを向けた。




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