第七章 Time check(7)
オールドは頭を下げた。バイクが車線を変える。オールドの身体が揺れる。直後、発砲音と着弾音が響く。すぐ近くでは音がしなかった辺り、バイクやサイドカーには被弾していないようだった。
顔を上げる。今の威嚇であり、上手くいけば殺したかったつもりらしい。深追いや欲張ることを切り上げ、ドアを閉ざしていた。賢明であり、オールドからしたら面倒なことこの上ない。
これ以上バイクでの接近は無理――いや、よくここまでやれたものだとオールドは感心した。流石ルツボ指折りの運び屋。まさか追跡もできたとは。
周囲を見回す。車はそれぞれ均一の間隔を図りながら、車線を滑るように走っている。その流れに則り、ハイエースも走行していた。流石に他の車を蹴散らすようなことはできないらしい。何よりそれは、本人たちにとっても尋常ではない危険度だ。バイクが車線を外したことで、安心しているのかもしれない。
ならばと、オールドは首を廻した。銃をホルスターに仕舞う。
「サンキュー。助かった」
サイドカーに礼を述べる。
「まだ追いついていないぞ」
首を傾げた運び屋に、オールドは肩を揺らす。
「流石にバイクでそれ以上近寄るのは無理だ。おまけにお前は戦いが本職じゃねえ。運び屋には、運んでもらうまでが依頼さ」
側車の中で立つ。どうするつもりだと声をかけたサイドカーに、オールドはニヤリと笑った。
「こっからは、俺が攻めるターンだ」
言うが早いか、オールドは隣の軽自動車に飛び乗った。サイドカーがきょっと目を丸める。
「また今度、インペリアルの店で飲もうぜ!」
大きく手を振る。自分の仕事が終わったことを悟ったのか、サイドカーのバイクは緩やかに速度を落とし、静かな車線に鞍替えする。
オールドは腰を落とし、跳躍。軽車両から普通車に、跳び移った。再びクラクションが沸き立つ。しかしオールドは、知らん顔だ。
「よお!」
呼ばれる。威勢のいい声に振り向けば、巨大トラックを運転している黒人からの声だ。サングラスにアロハシャツ。小太りな体に、人のよさそうな笑みを浮かべていた。
「久しぶりじゃねえか!」
運転手が呼びかける。
「『パラダイス』か!」
オールドも声を大きくさせた。「久しぶりだな!」
「お前さん、なんでそんなことしてんだよ。あぶねえぞ!」
パラダイスのもっとも極まりない指摘に、「かくがくしかじかだ!」と吠える。「かくがくしかじからなしょうがないな!」と、パラダイスは大口を開けて笑った。なんとも寛容な男である。いや、ルツボそのものが奇行に寛容なのだ。車の天井に乗られている運転手は抗議をあげるものの、周りは「いいぞ」「もっとやってみろ」と囃し立てる始末である。普通の日本では、有り得ない。
「オールド、なんか聞きたいビッグバンドないか? どんな曲だってするぞ!」
黒人からの思わぬ提案に、殺し屋は歯を見せた。
「いいのか!?」
「勿論だ!」
パラダイスは気前よく即答した。
「かくがくしかじかを、俺『たち』パラダイスが彩ってやろうじゃねえか!」
なんという僥倖。素晴らしきかな巡りあわせ。
両手を合わせ、オールドは偶然に祈る。おチビよ、ありがとう。攫われてくれて。本人が聞いたら激怒必至の内容だが、この際どうだっていい。パラダイスに会えて、演奏してくれる。この瞬間のオールドにとって、それに勝る幸せはない。
数秒程祈りをささげ、両手を叩き合わせる。
「決めた!」
さて何が来る。窓から上半身を乗り出している男に、オールドは勢いよく人差し指を向けた。
「今日のくだりにちなんで、Buddy RichのTime Checkだ!」




