第七章 Time check(6)
一気に加速。オールドは遊園地のアトラクションさながら、歓声を上げていた。
「そう来なくちゃな!」
「ただし条件が一つだ!」
身を低めて速度を上げながら、サイドカーが声を大きくさせる。
「この前助けてもらった借りはこれでチャラにしてほしいものだ!」
「交渉成立だ!」
一層、ぐんと早くなる。側車にもガラスがあるとは言え、オールドの顔が暴風に晒される。銃弾のように、黒が道を走り始めた。時に蛇のように曲がり、矢のように駆ける。遠くにあったハイエースが、徐々に近づく。しかし、未だ距離はある。どうにかもっと接近したいが、前にいくらか車が挟まっていることもあり上手くいかない。向こうはオールドが追ってきていることを知っているのだろうか。
「どうにかして、一対一のサシに持ち込みてえな」
呟く。
はいどうぞ。
交通の神がそう言ったかのように、信号が切り替わった。車が一台もない右折専用車線に、ハイエースが飛び出る。そしてさも当然と言わんばかりに、赤信号を踏み潰す勢いでアクセルを全開にさせた。
しめた。殺し屋は指を鳴らした。
「追うぞ!」
バイクはオールドの声より早く動きだしていた。身軽な機動で、同じように右折専用車線へ。全力で信号を無視し、一直線にタイヤを廻した。周りに車はあれど、実質一対一。願ってもない状況だ。
前のハイエースが急激な右折を見せる。しかし流石は運びのプロ。食らいつくように、素早くハンドルを切り返す。道路交通法も泣き寝入りの、掟破りの名古屋走りだ。信号無視、速度超過、ウィンカーなしでの右左折等の欲張りコースだ。四方八方から、抗議のクラクションが何重にも重なる。しかしアクシデントの宝箱と呼ばれるルツボだけあり、二台がこれ程の激走を見せているにもかかわらず事故は起きていない。ルツボでなければ、大惨事不可避だ。
「名古屋走りすげえ! めっちゃこええ! 漏らしそうだぜ!」
「お前漏らしたら末代まで呪うからな!」
本格的な名古屋走りに、オールドは大はしゃぎだ。尤も、本物の名古屋走りはこれの比ではないことはご留意願いたい。
離され、近付く。一進一退の追走戦が続く。
「せめて、もうちょい近くなりゃあな」
銃を握りながら、オールドはやきもきと唇を噛んだ。
「撃たないのか?」
サイドカーの素朴な疑問に、殺し屋は「馬鹿言え」と吐き捨てる。
「撃ってどうするんだよ。威嚇にもなりゃしねえ」
「タイヤを撃って、パンクされたらいいじゃないか」
「できるわけねえだろ何メートル離れてると思っていやがる」
オールドの答えに、サイドカーはつまらなさそうな顔をした。
「なんだ、できないのか」
その一言に、オールドの血管が切れる。口を大きく開き、喚いた。
「そもそも俺の専門はナイフだ! いいか、乗り物乗りながら銃ぶっ放してタイヤに当てるなんて芸当できりゃあサブマシンガンだろうがどんな銃だろうが装弾数は10もいらねえだろうがンなことできるのは人間じゃねえ奴か漫画やアニメの世界だけだ! 現実見ろ!」
オールドの正論に、サイドカーは唇の端を下げた。
「こっちだって同じようなものだろう」
「俺たちはリアル指向で行ってんだよ!」
「馬鹿やめろ銃口こっちに向けるな!」
わちゃわちゃと揉める。二人して騒いでいる最中、ハイエースの後部ドアが開く。
誘拐犯の一人が銃を構えている。『スコーピオン』の愛称で親しまれる、最小クラスの軽機関銃だ。
「Oh」
「やばい」
二人の声が重なる。
誘拐犯が人差し指を引き、サイドカーが叫んだ。
「伏せろ!」




