第六章 Spettatore(5)
ドギーの唇が歪む。
「だ、そうだ」
嬉しそうに告げるドギーとは対照的に、オールドの顔は苦々しい。
「王の元に至れるのは、“原則”一人のみ。門番の俺が許さない限りは、誰も王には辿りつけん」
顔の八割がフードで隠れていても、ドギーの機嫌がいいことは明白だった。
「んっんー、原則は入れんと俺は王から仰せつかっているんだがなあ」
わざとらしい口調に、オールドが深く息を吐いた。
「調子のりやがって」
唾を吐きそうな勢いのまま、オールドは上着の胸ポケットから一万円札を一枚。
「これで美味いもんでも食え。ホテルのディナー喰っても釣りがくる」
しかし、ドギーは譲らない。
「可笑しいなあ。ガキンチョがいるじゃないか。コイツを通すわけにはいかないんだよなあ」
「ガキンチョじゃないわ、アンジェラよ」
むすっとするアンジェラを余所に、オールドはこめかみを痙攣させる。
二万円取出し、ドギーの右手に握らせる。
「これでどうだ」
「おかしい、目が少し疲れて来たぞ。昨日は特にテレビを見た覚えもないが……」
ドギーは目をこする。
「あと二万円いきなり俺の右手に入ってきたら、嬉しさのあまり五分だけ視界が完全に霞みそうなんだけどなあ」
オールドは流れるように、自身の左脇真下に手をすり込ませた。間一髪のところで、上着の内側で待機しているハンドガンを引き抜くことを堪えた。
頬の筋肉を震わせながら、さらに二万円。
計五万円ドギーに渡し、改めて尋ねる。
「ドギー、俺の隣にチビはいるか?」
ドギーの声は明るい。
「俺は今、五分限定で失明中なんだ。お前と一緒に亜麻色の髪をした九歳ぐらいのガキンチョが俺の監視をかいくぐって通ろうとしているところなんて、何一つ見えないね」
「じゃあ通るぞ」
「勿論構わないさ」
通り際、オールドはドギーに対して全力で中指を立てる。二階に差し掛かった二人の背中に、ドギーの声がぶつかった。
「また謁見の際は、ガキを一人と言わず百人くらい頼むよ」