プロローグ2 JobKiller(3)
マスクの奥で、殺し屋は押し黙る。
「依頼された倍だって出そう、言い値でもいい。いくら欲しい?」
沈黙がおりる事数秒、殺し屋は高らかに笑った。
「ひひひひひひッ!」
腹を押さえ、殺し屋は真面目なトーンで話し始める。
「もしかして、金持ちたちには『万策尽きたら惨めに命乞いをする手法のセミナー』でも受ける義務があんのか?」
「……なんだと?」
殺し屋の真意をつかみかねる男が、眉根を寄せる。
「アンタ等みたいなやつらは、命が懸かった局面で八方塞がりになるといつもこう言う。『いくら欲しい?』ってな。俺が初めてこの稼業の人間として殺しをした時も、デブのおっさんは必死な顔で言ってたよ、『お前の望みはなんだ。雇ったやつの倍の値段でお前を雇うぞ』とな。それからも悪どい金持ちを数えられんほど殺してきたが、多少は違うもののほぼ同じニュアンスの命乞いだったからな」
両腕を広げ、殺し屋は続ける。
「そもそも、アンタたちには根本的な間違いがある」
一呼吸置いた。万感の思いを込めるかのごとく、丁寧に言葉を織った。
「俺が欲しいのは金じゃねえんだ。金じゃ買えない魂とも呼べる、怨嗟のすべてを込めた眼差しで俺に頼み込んでくるような、自分の人生すべてを火中に放り投げたってかまわないって覚悟が見たいんだよ」
右手に握った銃を振りながら、殺し屋は溜め息を嘴に流し込む。
「アンタには金しかねえんだ。自分の芯から炭にするほどの燃えたぎる呪詛も、自分が自分じゃなくなるくらいの怨念に身体を包まれるようなこともない。金しかねえ豚には、一生理解できないものが、俺は見たいんだよ」
豚に失礼だな、こりゃ。と殺し屋は呟く。
「しかし言い値って言われると、俺の心が揺れるのも事実だなあ」
殺し屋は白々しい声色で語る。
数秒考え、指を三本立てた。
「じゃあ、三十億でどうだ。ジンバブエドルじゃなくて円な。ちなみにジンバブエドルは廃止されたから、アホほど持ってても意味ねえぞ」
「さんっ……」
さらりと提案した殺し屋の額に、男は絶句した。
「ふざけるのも大概にしろ! そんな額があるわけないだろうが!」
乾いた発砲音が響く。螺旋を描いた弾が、男の足元にあるアスファルトを抉った。殺し屋が発砲したことは明白だった。
「慎めクズ野郎。アンタに反論を許した覚えはねえ」
脚をクロスさせ、殺し屋は大仰に、芝居がかった声を出す。
「“ココ”じゃ人の命なんてパンより安い。そんな中だ、俺の気まぐれとは言えアンタは三十億なんて破格オブ破格の値をつけられたんだ。怒るより先にまず、俺には感謝してほしいくらいなんだぜ? 『私のような惨めで生きる価値のないゴミに高額をつけていただき、感謝感激雨霰、恐悦至極の最果てです』ってな」
マスク越しに殺し屋がどのような心をしているのか、獲物である男にはわかっていた。
この刺客は、楽しんでいる。
嬲って、痛めつけ、獲物を殺す者の声だ。