第六章 Spettatore(3)
日の光が遠くなる。名古屋の中心はある程度見た目も良好なビルが立ち並んでいたが故に、影が多かった。しかし混沌区域は違う。
日本がまだルツボを見捨てる前、政府が干渉し建てたプレハブや雑な建物が立ち並んでいる。またどうやって作られたのか知る由もないが、建物の上に建物が作られていることも日常的だ。大きい災害が来たら、間違いなく半分以上は死ぬ。
「俺が今からすることは、裏付けだ」
「うらづけ?」
繰り返す少女に、男は説明する。
「依頼してきた奴が、殺すに値するのかを調べる」
「もし値しなかったら?」
幼女の疑問に対し、男は淡白だった。
「依頼はご破算。五百万はちゃんと返す」
少女の顔つきが変わる。アンジェラが文句を言おうと開口するより早く、男が右手で制した。
「不用意に大きな声を出すなよ。混沌区域の奴らはデリケートで、下手したら野生動物みたいに襲い掛かってくるからな」
脅迫ともつかない忠告に、少女は黙る。
叫ばないことを確信したのか、オールドは煙草を出して咥える。
「だからそうならんように、俺は仲介屋を介してる。アイツが俺に依頼を通すに値するか見極め、俺に回してくれるんだ。そう言った面倒も加味して、少し多めの金を渡してる」
「なんでそんな、面倒くさいことをするの? 殺し屋なら、全部の依頼受ければいいんじゃない?」
もっともな質問に、男は「わかってねえな」と首を振った。
「俺は、楽しく殺しをしたいんだ」
「楽しく殺し」
オウム返しの少女に、こんこんと説く。
「相手の立場を考えすぎることはよくねえ。例えばトドメを刺す直前に『ちょっと待て。こいつはもしかしたら善良な奴なんじゃないのか? もしコイツを殺してしまったら、コイツの善良な行いを享受していた奴らはどうなる? 大丈夫か? 本当に殺していいのか?』なんて考えながら銃口向けるのは嫌なんだ。殺すなら、後顧の憂いを断って心おきなく殺したい」
右手をひらひらと振る。
「だから俺は、殺す価値のある奴しか殺さない。加えて、依頼主の証言だけじゃなくある程度の裏付けをして確信したいんだ。分かるか?」
少女は少しだけ、顎を引いた。
「殺し屋も、いろいろ大変なのね」
「別にこれは。俺がしたいからしてるだけさ」
オールドは補足する。
「中には、金さえ積まれたら中の赤ん坊ごと妊婦を殺す奴だっている。そこんところは、本人のスタイル次第だ」
ちなみに――
男は続ける。
「俺と同じ殺し屋で、金積まれて誰でも殺すような奴は“冷血」”ってあだ名がつく。それだけ殺し屋として売れてる反面、信条がないから蔑称にもなる呼び方だ」
「聞けば聞くほど、変な世界ね」
アンジェラの感想に、そりゃどうもと応える。
「ついたぞ」
少女が顔を上げる。
「小さなビルね」
率直な感想を述べる。
「そうとも」
オールドも言った。「小さなビルだ」




