第六章 Spettatore(1)
「元気ないわね。どうかしたの?」
翌朝、オールドは隈を目の下に刻んでいた。原因は、何事もなく涼しい顔をしているこの幼女だ。
「おかげさまで、こちとらすこぶる睡眠不足さ」
皮肉も、本人が認知していないから通じない。なんのことかと首を捻る少女を視界から追い出し、オールドはフォークに手を伸ばした。
朝食はパスタ。適当に麺を茹で、市販のパスタソースを適当にかけたものだ。
適当に巻き取り、ズズズと啜る。その様を、アンジェラは苦い顔をして見ていた。
「ダメよ。テーブルマナーに反するわ」
厳しく指摘し、アンジェラは手本を見せる。
小さい手を駆使してフォークを回す。くるくると麺を巻き取り、口へ。九歳にしては、上品すぎる食べ方だった。
「どう?」
「どうって言われてもな……」
アンジェラの、達成感に満ちた顔を見る。頬に僅かながらソースが付着していることを除けば、百点満点だ。詰めが甘いのは、若さゆえだろう。
「まあ、ご立派なウデマエじゃねえの」
しかしオールドは我関せず。先と同じように、ラーメンや蕎麦と同じ感覚で啜る。頬にソースがついていることを知らないアンジェラが、説教じみた口調で諭す。
「私が折角手本を見せたのに、それじゃダメじゃない」
「大変、非常に、クソほど、至上これほどにないくらい申し訳ない話だが」
フォークをペンのように回しながら、男は続ける。
「俺は残念ながら『パスタを全力で音たてて啜る教』の敬虔な信者だ。宗教上の理由で、こうした食事スタイルなんだよ。だから俺のパスタスタイルに口出しするなよ、個人の信条に野次を飛ばすことは、人間としてスマートじゃない。日本国憲法すら及ばんルツボだが、そんなのなくても宗教の自由は尊重されてしかるべきだ」
男は水を飲み、親指で口を拭く。
「違うか?」
「宗教上の理由なのね」
アンジェラは神妙な顔をする。
そうだ。オールドは肯定した。
「世界には色んな宗教があるんだ。特にルツボは様々な人種が入り乱れる地域。他じゃ聞けない宗教があっても、おかしくねえ」
「今まで一度も聴いたことがなかったし、世界は広いのね」
そりゃそうさ。
オールドが即答した。
「なんせ、俺がついさっき作ったからな」
「えっ」
男はさらにパスタを啜る。ズズズ、と鳴る。
「だから教祖は俺。信者も俺」
「えっ」
オールドはニタニタと笑う。アンジェラは、意味の理解に時間がかかっているようだった。
「なんならお前を信者一号にしてやってもいいぜ」
カカカと笑うオールドを見て、アンジェラはようやく把握したようだった。眉を逆立て、テーブルの下で脚を振る。しかし悲しいかな、幼さ故に短い脚は男に届かない。
一瞬でも信じたことが恥ずかしかったのだろう。アンジェラは林檎のように顔を赤らめ、男を指差した。
「貴方のそういう所は今すぐ改めた方がいいわ! 大ッ嫌い!」




