プロローグ2 JobKiller(2)
ドアを開ける。もしもの事態に備えて裏口に備えてあった車の上に、誰かが立っていた。
「こんばんは。そしてそろそろさようなら、みんな大好き殺し屋さんだぜ」
その男を端的に表現するのであれば、『奇怪』の一言に尽きる。
鳥類の頭を模した黒のペストマスクを被り、紳士然とした帽子を被っている。首から下はノリの効いた高級なスーツで身を包み、一瞬でも気を抜けば現実味を失ってしまいかねない装いだった。面妖極まるファッションとどこか現実味に欠ける月夜の背景が、ひやりとするほどよく似合う。男は一瞬、見知らぬサーカスのテントに入ってしまったのではないかと錯覚した。
しかしそれもつかの間。追われていた男は、奥歯を噛み締める。
こいつだ。こいつが窓を突き破り、銃を振り回し、自慢の兵を皆殺しにした。ただ乱射するだけではない、空恐ろしいほど正確な掃射で全員死んだ。
「アンタも色々心当たりがあると思うから端折るけど、死んでもらうわ」
それが当たり前と言わんばかりの言い草に、男の頭に血が上る。
「殺れ!」
部下に命じる。金で手なずけた部下が、一斉に拳銃を引き抜いた。対するペストマスクには目立った動きがない。殺し屋が蜂の巣になることは、素人でもわかることだ。
乾いた銃声が、裏口でのたうつ。
その直後、男の部下が声もあげずに倒れ込んだ。身体の至る所から血が流れ、月光によって黒く艶めく。
「な」
男は数秒、目の前で何が起きているのか理解できなかった。
部下の一人が銃を抜き、あろうことか他の部下たちを撃ち殺した。よって殺し屋は平然と立ち、部下は突如気が狂った一人を除いて全滅した。
しかし、気が狂ったにしては無駄に落ち着いた目をしていた。地に伏す部下たちに念のため鉛弾を数発ずつ打ち込む周到さすら見せる有り様だ。
「きっ」
そこでようやく、男は正気を取り戻した。自身の懐に手を入れ、銃を引き抜く。グリップ部分に煩雑極まりない装飾が施された、実用性に欠ける見栄の塊だ。
「貴様ァアアアアアアアアッ!」
銃声が響く。一瞬の間を置いて、脂肪のように醜く見栄を蓄えた銃が宙を舞った。いつ引き抜いたのだろうか殺し屋の右手には拳銃が握られており、銃口からは煙が揺れる。察するに、殺し屋が器用に男の銃を撃ち抜いたのだろう。
我が身を守る術がなくなった男が、唾を飛ばして喚く。
「何を血迷った! さっさとあの男を殺せ!」
しかし、部下は動かない。あろうことか、銃口を男に向けた。殺意の穴を向けられた男はあっさりと怯む。「ひ」とわずかに呻き、足を下げた。
「無駄だぜ、おっさん」
ペストマスクの殺し屋が、呑気に話す。
「こいつは俺が雇い直した。それに加えてアンタが死んだ後の新しい貰い先も斡旋してやってんだ。ここでもう一度アンタに着く義理なんで、こいつにはどこにもねえ」
人差し指を揺らしながら、鼻歌を混ぜ込んでいるかのような声色を続ける。
「アンタ、何かとこいつのことをいじめてたらしいじゃねえか。でもやっぱりやくざ者の世界じゃ上下関係は絶対だし、逆らうことなんてできねえよなあ。そんな折に都合よくアンタを殺してほしいって依頼が舞い込んだから、こいつにゃ一枚噛んでもらったってわけよ」
かつての部下は味方になってくれない。そう悟った男の動きは早かった。ペストマスクに目を向け、話しかける。
「なあ、お前は一体いくらで殺しを依頼された?」