第四章 Cocktail Party(7)
「バーの名前をRaving(羽目を外して暴れ狂う)にする時点で、穏やかさとは一億マイルくらい離れているんじゃねえのか? この状況がお似合いだ」
オールドはカカカと笑った。それに便乗するかのような形で、カンパリとソルティも口元に手を当てる。あからさまに笑うことは控えているものの、笑いたい心境であることはその挙動で十二分に読み取れた。
泣きそうな顔をしながら、インペリアルがオールドに詰め寄る。
「なんでもいいからこの状況をどうにかしてくれ! ついでにこの補修費も払え!」
オールドは両手を振っておどける。
「おいおい寝言は寝てからだ。寧ろ俺だって襲撃の被害者なんだぜ。そいつから金をせびろうなんざ、些か冷たい心だとは思わねえか?」
知るか!
インペリアルが吠えた。
「そもそもルツボで店開こうとしたのが間違いだったよ畜生! 土地が安いからって理由だけで食いつくんじゃなかったぜ」
「まあ落ち着けよ。ほら、この酒でも飲んでリラックスしな」
床に転がっている酒瓶を店主に渡す。
「ウチの商品だろド畜生!」
インペリアルはオールドの手から瓶をひったくる。
発砲音が未だ店内を掻き乱す中、インペリアルは両手の指をぎゅっと絡めた。
「せめて死ぬ前には、とびきり美味いピザを岐阜に置いてきた家族に食わせてやりたかったぜ」
「確か前にも同じような状況で同じような文言を聞いたが、それ何回目だ?」
「三回目だよ。他のバリエーションを含めると十三回目」
単調だな。オールドは煙草を咥える。
「もうちょっと、バリエーション増やすことをお勧めするぜ。王道の鉄板メニューと陳腐なありきたりは紙一重だからな。ジャズも酒もセックスも、単調と死はニアイコールだ」
オールドが懐から煙草を取り出す。
「吸え。俺の奢りだ」
「この窮地から這い出ることができりゃ、善処させてもらうよ」
煙草を受け取り、インペリアルは火を着ける。
「美味いけど死ぬ前の一本にしちゃ、少し安っぽいな」
「どうでもいいんだけど」
カンパリが口を挟んだ。
「これどうするの? 周りの連中は手を貸してくれる気配ないわよ?」
ソルティも首肯で便乗する。
深く呼吸したオールドが「よし」と呟き、腰を上げる。
すかさず、三人は口を開いた。
「やめとけ」
「失敗に全財産賭ける」
「絶対失敗よ」
「まだ何も言ってねえじゃねえか」
オールドは両腕を広げる。心外だ、表情はそう語っていた。
「どうせまたさっきみたいにトークでどうにかするつもりでしょ」
「そうだ、それで俺はどうにかしてみせる」
「無理」
ソルティが話を遮る。
「どうせ失敗だよ」
「やってみねえとわかんねえだろ」
オールドが喰いつく。
「俺のマシンガントークにかかりゃどんな奴だってノックアウトだ。最後には全員辟易した顔で『もういい、自分の負けだ』って言うんだから間違いねえ。俺の小粋な話術と国宝級のボディーランゲージを使えばこの世界から核をなくすことだって夢じゃねえし、なんなら宇宙人が攻め込んできた時だって俺が対宇宙人親善大使として地球を代表してみろ。二分半で和睦関係の出来上がりだ。三分クッキングや市販のカップ麺が出来上がるより早いぞ。他にも――」
依然止まる気配を見せないオールドの話しぶりに、他の面々は「またか」と言いたげな顔をして息を吐いた。どうやら、お決まりのパターンらしい。
「それ、多分オールドがうるさすぎて議論を諦めただけなんじゃないかしら」
アンジェラがぼそりと言う。
発砲の喧騒を置き去りに、五人の中に沈黙が落ちた。




