プロローグ2 JobKiller(1)
薄闇の中で、男は走っていた。先導する部下に引かれるような形で、這う這うの体で逃れる。
なぜだ。
男は自身に問いかける。
確かに自分は悪いことをした。街で適当に見繕った見目麗しい女を攫い薬漬けにし、攫う段階で連れの男が居たら殺すか半殺しにするよう命じたこともあった。自身の陰茎が女を貫くときに女が見せる苦悶の表情と恋人の名を呼ぶ悲痛な声を聞きながら、女の中に白濁を流すことがたまらなく好きだった。その女に飽きたら適当に痛めつけて目から光が消えた頃合いを見て捨てることも、至上の娯楽として鼻を広げていたことは事実だ。
その私が、なぜこんな目に。
敵なんていないと思っていた。全て金で納めてきた。金で雇い、金でねじ伏せ、殺し屋や攫い屋を金で雇うことも多かった。邪魔する奴は金を使って殺してきた。今では自分の護衛を務める部下や舎弟も、金で集めた精鋭揃いだ。
その部下が、たった数分で死んだ。より正確な言葉を使うなら、殺された。自分が信頼していた右腕は勿論、より重宝していた者が死んだことが大きい。お陰で今は、末端数人と一緒に逃げ惑う有り様だ。
「糞が!」
男は吠える。続けて三度「糞が」と叫んだ。
「なんだアイツは! せっかく大枚叩いて雇った護衛が一瞬で死んだぞ! 糞!」
建物内を先導する部下が応える。
「多分殺し屋でしょう」
「殺し屋だってことはわかってんだよクソッタレ! 問題はどこのどいつがけしかけたってことだろ!」
殺す。絶対殺す。ぶち殺してやる。
男は決意した。
自分をここまで追い詰めた殺し屋含め、自分を殺すよう依頼した奴を徹底的に痛めつけて殺してやる。
タマを潰し指を砕き、歯をすべてぶち抜いてやる。痛みで訳が分からなくなっても許さない。自分が牙を剥いた相手を、今際の際まで教え込んでやる。俺にはそれだけの、金がある。
男はほくそ笑む。ここを無事に切り抜けたら、今までのカスとは比べることすら馬鹿馬鹿しくなってくるほどの殺し屋を雇い、その男を炙り出してやる。
その時のことを考え、自分が惨めに逃げている状況も忘れて口の端を上げた。
ここを生きて抜け出せたら、後は勝ったも同然だ。
そう。
生きてさえいれば、だ。