第四章 Cocktail Party(4)
「嘘なもんか」
男はニタニタと笑う。
「大して世界を知らねえくせに、安易な否定は寿命を縮めるぜ」
煙草を咥える。揺れる煙から、アンジェラの心を透かすように目を細めた。
アンジェラが俯く。数秒の沈黙を挟んで、弱々しく反論した。
「違うもん」
震える声で、精一杯返す。
「ありきたりじゃないもん。パパとママが一生懸命考えて、つけてくれた立派な名前だもん」
ずず。と鼻を啜る音が聞こえる。
泣いている。
事実に気づいた瞬間、オールドはぎょっと目を見開いた。
「おいおいおい!本気にするんじゃねえよ、泣くなって」
「泣いてないもん」
鼻先を赤くさせ、鼻を啜りながら下唇を噛み締める。しかし泣いていることを認めるのは自身のプライドが許せないのか、頑なに認めようとしない。
「勘弁してくれよ。こちとらチャイルドシッターの資格なんてないんだぜ」
さてどうしようかと考えあぐね両手を耳の高さまで上げた直後、後頭部を盛大に叩かれた。オールドの上半身が、テーブルに叩きつけられる。
何事かと思い顔を上げ、苦い顔を惜しげもなく晒す。
オールドが最も苦手とする人間ベスト5に入るであろう女が、そこにいた。
「年端もいかない女の子を泣かせるなんて、人間として恥ずかしくないの?」
艶めかしい声をオールドへ飛ばし、女は髪をかき上げる。目を惹く赤い髪が、炎のように揺らめく。
「“カンパリ”……」
オールドは苦々しくその名を呼ぶ。呼ばれた女は、「はあい」と陽気に手を振った。
「このアマがさっき話してた“裏切らせ屋”で――」
「“カンパリ”って言うの。よろしくね」
カンパリは柔和に微笑み、キスをアンジェラへ投げる。健康的に焼けた肌が印象的な女だ。すっきりと整った顔立ちながら鼻は高く、燃えるように赤い瞳が、さながらルビーをはめ込んだように輝いている。
八頭身ですらりとしていながら身体の曲線は豊か、まさに世界中の男が夢に描いた女そのものだった。顔やスタイル、果ては身のこなしまで艶やかだ。
突如現れた女に反応し損ねたアンジェラを見て、カンパリが大仰に驚いてみせる。
「それしてもあなた、まさか隠し子なんていたの?」
「冗談が過ぎるぞ」
オールドは口の両端を下げる。
「依頼主だ。殺しを頼まれた」
カンパリはへえと呟き、少女に向き直る。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「――アンジェラ」
鼻を啜りながら答えたアンジェラに、カンパリは破顔した。
「良い名前ね。パパとママがどれだけ真剣に名付けたか、名前だけでわかる子も珍しいもの」
カンパリに頭を撫でられ、アンジェラは鼻息を僅かに荒げる。そのまま、どうだと言わんばかりにオールドに目を向けた。したり顔である。オールドはなんとも言えない顔をし、肩を揺らした。