第四章 Cocktail Party(3)
「ただアイツが言うには、『相手の心に燻っているナニかを焦らす』といいらしい。『つま先でカリカリと引っ掻くの』って、あいつはよく言ってるよ」
「裏の仕事も、ずいぶん奥深いのね」
鼻の下にミルクヒゲをつけたまま、少女が感慨深げに呟く。
「この世界でも生き方は持ちつ持たれつだ。仕事人同士で互いに雇いあうことも多い、知らねえ間に顔が広がることも多い」
「その世界で疑問なんだけど」
未だ白いヒゲを残したまま、少女が尋ねる。
「そういうのって、専門のスクールでもあるの?」
純真な疑問に、男は肩を揺らす。
「ねえよ」
煙草を灰皿に押し当て、火を燻らせる。
「その代わり、師匠と呼べる教育者を探す。そいつに無事弟子入りできれば、時間をかけていろんな知識や技能を学べるってわけだ」
アンジェラは深く呟く。「面白い世界なのね、ルツボも」
「ずいぶん興味があるっぽいように見受けるけど、まさかこの世界に入るつもりじゃねえだろうな」
どうかしらねとはぐらかす少女に、オールドは鼻で笑った。
「言っておくが、お前さんみたいにのんびり暮らしてきた奴が裏で生きるなんて無理だぞ。これ終わったら、明るい世界でまっとうに生きることだ」
「うるさいわね」
アンジェラが頬を膨らませる。
「というか」
少女が思い出したかのように付け加えた。
「私のことを『お前さん』だなんて呼び方をするのはやめて。私にはパパとママが苦労して考えたアンジェラという名前があるの。敬意ある呼び方を要求するわ」
「断る」
男は即答した。
「そんなのじゃダメよ」
少女が頬を膨らませる。
「これは私の沽券にかかわる問題なの。『お前さん』なんてありふれた呼び方じゃなくて、しっかりとした、唯一無二の名前で私を呼んでほしいの」
真剣な眼差しで提案するアンジェラに、オールドは素っ気なく告げた。
「俺からすりゃ、アンジェラも相当ありふれた名前だぞ」
「えっ」
少女が目を丸くする。
「世界中に存在する親御さんの心境を考えてみろよ。生まれる子供なんて一般論じゃ可愛いに決まってる、それこそ天使みたいだろうさ。だから天使の意味合いを冠する名前をつけるのは至ってありきたりで平凡極まりなく、街歩いてインタビューすりゃ五人に二人の確率で女はアンジェラさんだ。この前調べた」
「う、嘘よ!」
アンジェラが声を荒げる。