第三章 Hit the ground running(7)
パパもママも、きっとそれを望んでるぞ。
「あ……」
少女の心に、亀裂が走る。
崩れる、直感した少女が胸元に手を寄せる。咄嗟に動かせた右手に、硬い何かが当たる。反射的にそれを掴む。家から逃げる際に母から渡された、大人用サイズのネックレスだ。確かな感触が右手に。その瞬間、父と母の笑顔が浮かんだ。
――殺す。
少女の胸中に灯りが点いた。指先程度の火が瞬時に膨れ上がり、身体を芯から焦がした。いつの間にか蛇は消えていた。最初から存在しなかった幻想かはたまた焼き消えたのかは判然としないものの、少女にとってもはやそれは取るに足らない問題だった。
「構わないわ」
アンジェラが、膨大な熱を孕む息を吐く。
「殺して頂戴」
オールドが、目じりを下げる。
「何があったか分からんが、目の色が変わったな。十秒前とは大違いだ」
だがな、男は続ける。
「足りない金の分はどうするんだ? 何か売るのか?」
オールドはニタニタと笑う。
「……そうね」
アンジェラは大きく息を吸った。
「お金が足りないのは事実だわ。悔しいけど」
奥歯を強く噛み締める。胸元に寄せていた手を動かせ、ブラウスのボタンに手を掛けた。
一つ一つ、ボタンを外す。
衣擦れの音と共に、上着を脱いだ。羞恥のあまり焼け爛れそうになる耳を気にしないふりをして、ブラウスを床へ捨てる。
喉の奥が締まる。唇どころか舌すら乾く中、少女は震える声を絞り出した。
「私の身体、好きにしていいから……」
俯いて逃げ出したくなる衝動を抑え、言葉を紡ぐ。
「どんなことでも身体にやっていいから、パパとママを殺した奴を殺して」
オールドは目を丸くさせる。マルボロはサングラスをしているため詳細が分からないものの、オールドと同じようなものだろう。口半開きにさせ、呆然とする。
三秒。
沈黙が居座ったのち、二人が盛大に仰け反った。
「おいおいマジかよこいつ!」
「マルボロお前、面白い拾いモンしたな! 腹がよじれるぜこりゃ!」
腹を抱えてゲラゲラ笑う男二人を前に、アンジェラはきょとんとする。依頼承諾と引き換えに家畜未満の玩具へ堕とされる覚悟すら厭わなかった少女としては、どうリアクションを取っていいのか分からなかった。
「一つ訊かせろ小娘」
未だ肩を小刻みに震わすオールドが、歪んだ口で尋ねる。
「何がお前をそこまで駆り立てる。ニコラスが復讐を頼んだわけでもねえんだ、好きに生きたらどうなんだよ」
正論極まりないオールドの言葉に、アンジェラは強く返す。
「私がしたいの。お互い愛し合って幸せだった二人を殺したあの男を同じ目に叩き落としたい。パパやママの意思は関係ない、私がしたいから、復讐を望むの」
蒼の双眸が、オールドを貫く。
「なるほど」
深く呟き、二本目の煙草を口元へ。
「『したいからする』か。シンプルながら、この上なく俺好みの答えだ」
煙を揺らし、尋ねる。
「後悔しねえか?」
「しないわ」
「俺が依頼を受諾したら、お前さんもクズ野郎の仲間入りだ」
釘を刺すように、言葉を刻む。
「これがラストチャンスだ。明るい世界で何も知らない人間として生きていける最後の選択肢だぜ」
どうする?
目線で推し量るオールドに、アンジェラは迷うことなく言葉を叩き付けた。
「しつこいわ」
目つきを強める。
「クズに堕ちるだけで復讐を果たせるのなら、寧ろ安いとすら思っちゃう」
煙草を灰皿へ。揺れる煙を手で掻き消し、男は片眉を挙げた。
「その依頼、承ったぜ」
男が口の端を釣り上げる。