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オールドファッション  作者: 僕と久保
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第三章 Hit the ground running(6)

「九歳でその度胸か」


 加えて聡明だ、言葉の選び方ひとつでわかる。中指で自身のこめかみを叩きながら、男がにたりと笑う。


「ただ嬢ちゃん、世界は思いの外面倒くさくて単純なんだ」


 オールドは鋸のように尖った歯を見せる。上下の歯の隙間から這い出た舌が長く伸びる。自分の唇を濡らし、言葉の湿度を上げる。


「お前さんは俺に殺しを依頼したい。でも金が足りない。その年で大金を稼ぐのは難しい。単純で複雑な問題だ」


 じゃあどうする?

 オールドの目が尋ねる。心の柔らかい部分に人差し指と中指を差し込み、肉を広げるような目をしていた。獲物の真価を見極め、その肉が最も美味くなる瞬間を見定める捕食者の目だ。


「なんなら依頼の代金が貯まるまで待ってやってもいい。ただ、ここでそいつを殺さねえと被害は増える一方だろうな。なんせ親友だったらしいニコラスを容赦なく手にかけるようなクズだ。ここでひっそり隠居決め込むような奴じゃないのはなんとなくわかる」


 それとも――


 オールドは文脈を裏返す。


「復讐を諦めるのも手だ。のんびり生きて、しがらみのない生き方を模索しろ。どうするのかはお前さんの自由だ、好きにしろ」


 言い切ったオールドは背中を後ろへ投げる。革製ソファの背もたれが、彼の岩のように硬い背を受け止める。脚を組み、ウィスキーの入ったロックグラスを口へ寄せる。


「さ、どうするんだ?」


 男の言葉が、輪郭を帯びる。

 他者の全てを足蹴にする言葉が床に堕ち、群れて一つの生き物を模す。細長く、這って床を進むそれは蛇だ。ずるずると床を進み、少女の足に絡み付く。


 もういいんじゃないのか。


 誰のものともつかぬ声が、アンジェラの心に入り込む。


 所詮無理なことだったんだ。親が殺されたこともすっかり忘れて、金持ちの養子として二度目の人生を歩こうよ。


 胸元まで這い上がった蛇が、少女の心に牙を突き立てる。諦めを促すオールドの声が、じわじわと少女の中心を犯す。


 金も足りない。しょうがない、諦めよう。


 言葉の毒が緩やかに、されど確実に少女の奥に迫る。


 怒りが端から破壊される。あれほど許せないと思っていた相手のことも、考えないようにすればいいような気さえしてきた。

 自分から危険な世界に入るなんて馬鹿だ。明るい表の世界で生きて、普通に学校へ通い、普通に友達を作り、普通に年を重ねて伴侶と出会い、普通に生きよう。

 少女の足から力が抜ける。足元の床がせり上がり、裂ける幻想を見た。大きなあぎとと化した床が少女の全てを呑み込むような、限りない虚無感へ堕とそうとする幻だ。


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