第三章 Hit the ground running(5)
「えっ……」
少女が絶句する。
完全に不意を突かれて目を丸める少女に、オールドはもう一度現実を突きつけた。
「金が足りねえ、そう言ったんだ」
オールドは煙を吐く。吐いた息に乗った紫煙が、アンジェラの頬をでろりと舐める。さながらそれは悪霊や死神が少女の懐に立ち、魂の味は如何にと言わんばかりに味見をするかのような、他者の心を値踏みするいやらしさがあった。
「よおく考えてみな」
男の声が、粘り気を帯びる。
「殺しに一体どれだけのコストが掛かると思う? 俺自身が命張ることは勿論、仕事は一人でやるもんじゃない。協力者を取り付けたり、勿論武器や乗り物をはじめとした仕事道具を揃えたりすることも成功には絶対に不可欠だ。それらすべてを精々五百万で賄うのは無茶ってやつだぜ」
少女の中ではすでに仕事を受けてもらえるものだと思っていたのだろう。先程までのどこか余裕を含ませた表情とは打って変わって、露骨に焦燥を滲ませていた。
「せも、マルボロが貴方なら力になってくれるって……」
「そりゃ結果論だ」
オールドが少女の言葉を叩き斬った。流れるようにマルボロを睨む。黒の巨漢は、我関せずと言いたげに口笛を吹いた。
「俺が殺し屋として復讐をすりゃ、確かにお前さんの力になるだろう。でもな、俺だって慈善事業でやってるわけじゃねえんだ。無条件で助けてくれるような頭の足りねえ甘ちゃんをお望みなら本屋行け。漫画っぽい絵の表紙した小説数冊見繕えば無条件で人助けするよう馬鹿が絶対いるから。それ枕にして助けてもらう夢でも見てろ」
オールドは突き放す。
男の言っていることが分からないような顔をする少女に、話しかける。
「お前は何か勘違いしてるみたいだな」
一呼吸おいて、続ける。
「俺は正義の味方ごっこしたくて殺し屋やってんじゃねえんだよ。俺は俺のしたいことをするために、“我が道を往く”ためにやってるんだぜ」
ついでに言っとくが、とオールドが補足する。
「俺に仕事を持ちかける時に『正義』や『人助け』なんて安い言葉を使ってみろ。女子供だろうが五分後には野良犬の餌にしてやる。お前だって例外じゃねえ」
「残念だが、コイツ(オールド)の言葉は真実だ。縄張り争いしてたギャングのボスや警察の真似事してたやつらが口実として『正義』とほざいた瞬間殺して埋めたからな。安易に『正義』なんて口走るなよ」
マルボロの説明に、オールドが頷く。
「時に嬢ちゃん、お前さん年はいくつだ?」
「九歳よ」
ほお、とオールドは感嘆した。